対峙
前回のおさらい
第二層へ足を踏み入れた蓮は、いつものように《探知》を展開していた
情報が頭の中へ流れ込む。
一週間に及ぶ修練の成果で、《探知》はもはや蓮にとって目の代わりとも言える存在になっていた。
「今日もいつもと変わりは…」
そう呟きかけた時だった。
「……!」
《探知》に六つの探索者反応が映る。
場所は第二層の奥。
そして、その進行方向を確認した蓮は思わず息を呑んだ。
「まずい……。」
六人は一直線に進んでいる。
その先には。
六人からおよそ200メートル先。
あの巨大な魔力反応。
第二層の主と呼ばれる、特殊個体のミノタウロスが巡回していた。
しかも巡回経路と六人の進路が、ちょうど交差する。
このままでは鉢合わせになる。
「急がないと。」
蓮は地面を蹴った。
白い外套を翻しながら洞窟を駆け抜ける。
通路を曲がり、岩場を飛び越えながら、ひたすら六人の反応を追う。
一方で《探知》はミノタウロスの位置も捉え続けていた。
距離は直線にして190メートル。
まだ余裕はある。
間に合う。
そう信じて走った。
◇◇◇
広い空洞へ出た蓮は、六人組の探索者を見つけた。
全員が統一感のある装備を身につけている。
年齢は二十代前半ほど。
「すみません!」
蓮が声を掛ける。
突然呼び止められ、六人が一斉に振り返った。
「ん?」
先頭に立っていた男が怪訝そうな顔をする。
「どうした?」
蓮は息を整える暇もなく口を開いた。
「この先へ進んでは駄目です。」
「この先?」
「はい。」
蓮は真剣な表情で頷く。
「特殊個体のミノタウロスが巡回しています。」
その言葉に、一瞬だけ場が静まり返る。
しかし次の瞬間。
「ははっ。」
一人の男性が笑った。
「噂の”主”ってやつか?」
「最近よく聞くよな。」
別の男も肩を竦める。
「実際に見た奴なんてほとんどいないだろ。」
「都市伝説みたいなもんだ。」
蓮は首を横へ振った。
「違います。僕は実際に遭遇しています。」
「《探知》で今も位置を確認しています。」
リーダーらしき男が腕を組んだ。
「《探知》?」
「はい。」
「半径三百メートルまで探知できます。」
その言葉に六人の表情が少しだけ変わる。
索敵系パークは探索者なら誰でも価値を知っている。
「それで?」
リーダーが静かに尋ねる。
「今どこにいる?」
蓮はすぐ答えた。
「直線距離にして約150メートル先です。」
「こちらへ向かってきています。」
六人は顔を見合わせた。
しかし。
「悪い。」
リーダーは首を横へ振る。
「俺たちは依頼で第二層の奥まで行かなきゃならない。君の話だけで引き返すわけにはいかない。」
「ですが!」
蓮は思わず声を強める。
「あれは普通の魔物じゃありません!危険です!」
「危険なのは分かってる。」
別の男が笑う。
「だから六人いるんだ。」
「俺たちは全員Bレート。」
「多少強い魔物くらいなら何とかなる。」
「そういう問題じゃないんです!」
蓮は焦っていた。
《探知》の中でミノタウロスは止まらない。
着実に距離が縮まっている。
「今ならまだ間に合います!」
「お願いです、引き返してください!」
「君は慎重すぎる。」
女性探索者が苦笑する。
「若い探索者によくあることよ。慎重なのは悪いことじゃない。でも、噂だけで撤退していたら仕事にならないわ。」
蓮は思わず拳を握った。
違う。
噂ではない。
実際に見た。
《前方城壁》に初めて亀裂を入れられた相手。
《解析》ですら弱点を見抜けなかった魔物。
この人達じゃ勝てる可能性は0に近い。
あれだけは戦っては行けない。
「お願いします!」
蓮はもう一度頭を下げる。
「信じてください!」
その時だった。
ドォン……
低く重い振動が、地面を伝わって足元へ響いた。
全員が口を閉ざす。
「……今のは?」
誰かが呟く。
再び…ドン。
岩壁の奥から響いてくる。
《探知》が告げる。
奴がこちらへ向かっている。
「来た……。」
蓮は小さく呟く。
「え?」
六人はまだ状況を理解できていない。
「何が来た?」
蓮は通路の奥を見つめたまま答える。
「ミノタウロスです。」
「前の通路右側奥にいます。」
「そんな馬鹿な……。」
リーダーも顔色を変える。
その瞬間だった。
通路の奥から何かが飛び出してきた。
グレイファング。
二体。
いや、その後ろからさらに三体。
「魔物!」
一人が剣を抜く。
しかし様子がおかしい。
グレイファングたちは蓮たちを見ることもなく、脇を駆け抜けていく。
目には明らかな恐怖が宿っていた。
「逃げてる……?」
女性探索者が呟く。
さらに。
ケイブスパイダーが数体。
本来なら互いに争うはずの魔物たちが、一斉にこちらとは逆方向へ逃げ始めた。
異様な光景だった。
まるで、この先にいる何かから逃げ出しているかのように。
洞窟内が静まり返る。
聞こえるのは。
ドン、ドンと重く響く足音だけ。
そして。
暗闇の奥で、二つの赤い光が灯った。
ゆっくりと。
巨大な影が姿を現す。
全長三メートルを優に超えるその魔物は、ゆっくりと六人、そして蓮を見渡した。
《解析》が自動的に発動する。
――――――――――
《ミノタウロス(特殊個体)》
推定レート:B+~A
特徴:圧倒的な筋力、高い耐久力、魔力感知能力。知性あり。
弱点:アキレス腱、目
――――――――――
「本当に……いた。」
誰かが震える声で呟く。
先ほどまで余裕を見せていた六人の表情から、笑みは完全に消えていた。
ミノタウロスは鼻を鳴らし、ゆっくりと戦斧を肩から下ろす。
ゴゴッ……
巨大な刃が岩盤を擦り、火花を散らした。
赤い双眸が、真っ直ぐ蓮たちを見据える。
その瞬間。
グオオオオオオオオオオオオオオッ!!
凄まじい咆哮。
轟音と共に岩壁から砂が降り注ぎ、空気そのものが震える。
「か、構えろッ!!」
リーダーが咄嗟に叫ぶ。
六人が一斉に武器を構え、蓮も白い剣を静かに抜き放つ。
ミノタウロスは低く身を沈めると、その巨体からは想像もできない速度で地面を蹴った。
岩盤を砕きながら、一直線にこちらへ突進してくる。
第二層の主との戦いが、ついに始まってしまった。




