祖父の剣
前回のおさらい
《刻の支配者》という時間干渉系のアーティファクトと判明。
鑑定室を出た蓮は、ふと腰に差している剣へ視線を落とした。
「……そういえば。」
鞘からゆっくりと剣を抜く。
刀身には無数の刃こぼれが刻まれ、所々には細かな亀裂まで走っていた。
レッドオーガとの死闘。
何度も硬い肉体を斬りつけ、棍棒を受け流し、最後は渾身の一撃を突き立てた代償だった。
「よく最後まで持ってくれたな……。」
蓮は静かに呟く。
この剣は祖父が現役時代に使っていたもの。
ここまで戦い抜けたこと自体が奇跡だった。
「一応、修復できるか聞いてみよう。」
◇◇◇
街外れにある、小さな鍛冶工房。
探索者になったばかりの頃、一度だけ訪れた店だ。
カラン…。
扉を開けると、金属を打つ甲高い音と、熱気が蓮を迎えた。
「いらっしゃい。」
奥で槌を振るっていた白髪交じりの男性が顔を上げる。
「……おや。」
「神代君じゃないか。」
蓮は軽く頭を下げた。
「お久しぶりです。」
店主は槌を置き、懐かしそうに笑う。
「探索者になってからは顔を見せなくなったからな。」
「今日はどうした?」
蓮は背負っていた剣を静かに取り出した。
「これを見てもらいたくて。」
店主は剣を受け取った瞬間、表情を引き締めた。
ゆっくりと鞘から抜き、刀身を光にかざす。
刃こぼれ、細かな亀裂、歪んだ刃。
その全てを黙って確認していく。
しばらくして、小さく息を吐いた。
「……随分と酷使したな。」
「はい。」
店主は何も言わず、刀身を指先でなぞる。
そして静かに尋ねた。
「この剣。」
「お前さんにとって、大事な物なんだろう?」
蓮は少しだけ視線を落とした。
「はい。」
店内の空気が静かになる。
「探索者だった祖父が、引退するときに譲ってくれた剣で。」
「探索者になるなら、お前に譲るって。ずっと、この剣で戦ってきました。」
店主はゆっくり頷いた。
「そうか……。」
再び刀身を見つめる。
「この剣自体は、決して名剣じゃない。魔鋼でもないし、特別な素材でもない。だが、丁寧に使われてきたのが分かる。」
蓮は小さく笑う。
「祖父も大切にしていたみたいです。」
店主は静かに剣を作業台へ置いた。
「修復はできますか?」
その問いに、店主はゆっくり首を横へ振る。
「悪いが……できない。」
「……。」
「いや、正確には形だけなら直せる。だが、それは修復じゃない。」
店主は刀身の中央を指差す。
芯まで疲労している。」
熱を入れ直しても強度は戻らん。」
戦闘で使えば、次は真っ二つに折れる。」
蓮は静かにその言葉を受け止めた。
「そうですか……。」
店主は剣を丁寧に鞘へ納める。
「だがな、無理に戦わせる必要はない。役目は十分果たした…これ以上酷使するのは、この剣が可哀想だ。」
蓮は剣を受け取る。
柄を握ると、これまでの戦いが脳裏をよぎった。
数々の魔物にブラックホーンウルフ、そして、レッドオーガ。
どんな戦いでも、この剣は最後まで折れずに支えてくれた。
「……ありがとうございました。」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
店主はそんな蓮を見て、穏やかに笑う。
「新しい剣がいるだろ?」
「はい。」
「ですが、どれを選べばいいか……。」
店主は腕を組み、しばらく考える。
「お前さんの戦い方は知ってる。」
「盾で受けて、一瞬の隙に斬る。」
「力任せじゃない。」
「なら、重すぎる剣は合わん。」
店の奥へ歩いていく。
壁に掛けられた何本もの剣を眺め、その中から一本を持って戻ってきた。
白と金の鞘。
派手な装飾はない。
しかし、鍔から柄、さらには刀身までも綺麗な白を基調とした無駄のない造りをしている。
「これは……?」
「魔鋼鉄を主な材料に造られた片手剣。」
「切れ味も良く軽いが耐久性もかなり高い。Bレート探索者なら十分な代物だ。」
蓮は恐る恐る受け取った。
軽い、それでいて、不思議な重厚感がある。
試しに軽く振るうと、空気を裂く音が心地よく響いた。
「すごい……。」
店主は笑う。
「これはお前に譲る。」
「え?」
「第三ゲヘナへ潜るんだろ?」
「その探索のついでに素材を定期的に持ってきてくれたらそれでいい。」
蓮は驚いた表情を浮かべる。
「そんなこと……。」
「祖父さんには昔、世話になったからな。」
店主は照れくさそうに鼻をかく。
「その孫になら、一本くらいくれてやる。」
蓮は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
祖父から受け継いだ剣は、大切な思い出として家に飾る。
そして、新たな相棒とともに、さらに先へ進む。
蓮は鞘しまった剣を腰に差すと、店主へもう一度礼を言い、工房を後にした。
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