人型の魔物
前回のおさらい
人型の影のような魔物と遭遇し撤退する。
その日の夜。
探索者協会本部・緊急会議室。
部屋の中央に設置された大型モニターには、第一ゲヘナ東部の地図が映し出されていた。
周囲には協会幹部や調査班の責任者、そして数名の高レート探索者が集まっている。
会議室の空気は重かった。
「現在までの状況を報告します。」
若い職員が資料をめくる。
「午後三時二十分頃、第一ゲヘナ東部で高濃度魔力反応を確認。」
「巡回中の探索者六組が撤退。」
「重傷者一名、軽傷者四名。」
「死者は確認されていません。」
その言葉に、室内の何人かが小さく息を吐く。
被害は最小限に抑えられた。
だが、それで安心できる状況ではない。
「問題は目撃証言です。」
モニターが切り替わる。
そこには探索者たちから集められた証言が並んでいた。
『黒い人影だった。』
『魔物とも人間とも違う。』
『気配が突然消えた。』
『攻撃を受けたが、殺そうとはしてこなかった。』
「全員の証言が一致しています。」
「人型。」
「全身が黒い影に覆われていた。」
「そして……。」
職員は少し間を置く。
「撤退する探索者を追撃しなかった。」
部屋が静まり返る。
魔物なら普通は獲物を逃がさない。
それなのに逃がした。
そこが何より不可解だった。
「……知性がある可能性は?」
一人の幹部が口を開く。
調査班長はゆっくり頷く。
「現時点では否定できません。」
その一言で空気がさらに張り詰めた。
知性を持つ魔物。
もし本当なら、前例のない事態である。
「ランクは?」
別の幹部が尋ねる。
「不明です。」
「ただし、Cレート探索者三人を同時に圧倒したとの報告があります。」
「最低でもBレート相当。」
「あるいは、それ以上。」
誰も軽口を叩かなかった。
第一ゲヘナに、そのような存在が立て続けに現れるなど考えられない。
そして会議は、調査班の増員や第一ゲヘナ東部の一時封鎖について話し合われていく。
◇◇◇
一方その頃。
蓮は自宅へ戻っていた。
制服ではなく部屋着に着替え、机の上へ協会端末を置く。
「初依頼緊張したな……。」
巡回依頼自体は終わった。
だが、最後に見た黒い影が頭から離れない。
「あれは何だったんだろう。」
蓮はソファにもたれかかる。
テレビでは夕方に起きたニュースが流れていた。
『本日の探索者情報です。』
『探索者協会は第一ゲヘナ東部で発生した異常魔力反応について調査中と発表しました。』
『現在、一般探索者の立ち入りを一部制限しています。』
ニュースでも取り上げられている。
それだけ異例なのだろう。
蓮はテレビを消し、小さく息を吐いた。
(特例昇格試験まで、あと2週間。)
本来なら試験に向けた準備だけを考えていればいい。
しかし、この異変が試験に影響しないとは言い切れなかった。
その時。
スマートフォンが震える。
画面を見ると、メッセージが一件届いていた。
送り主は一条恵。
『今日はお疲れさま。無事に帰れてよかった。』
短い文章だった。
蓮は返事を返す。
『一条さんもお疲れさま。また学校で。』
送信すると、すぐに返信が返ってきた。
『うん、おやすみ。』
それだけだった。
蓮はスマートフォンを机へ置く。
(本当に不思議な人だな。)
学校では普通の女子高生。
探索者としては冷静で頼れる先輩。
どちらも一条恵なのだ。
そんなことを考えながら、蓮は窓の外を見上げた。
夜空には雲一つなく、月が静かに輝いている。
しかし、第一ゲヘナの森では、黒い人影が音もなく森の奥を歩いていた。
その赤黒い瞳は、まるで何かを探すように静かに揺れていた。
そして影は誰にも聞こえないほど小さな声で、初めて言葉を発した。
「……見つけた。」
その声は、人間のものにも、魔物のものにも聞こえなかった。
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