初めての依頼#2
前回のおさらい
依頼で一条恵とゲヘナで出会う。
蓮は思わず息を呑んだ。
「……すごい。」
目の前で繰り広げられた戦闘は、一瞬だった。
大型ゴブリンが武器を振り上げるより早く、一条のレイピアが閃く。
無駄のない一撃。
魔物は断末魔を上げる間もなく光の粒となって消えていった。
「一条さん……。」
「ん?」
レイピアを納めた一条が振り返る。
「Bレートって聞いてたけど……ここまで強いとは思わなかった。」
その言葉に、一条は少し照れたように笑う。
「ありがとう。」
「でも、Bレートならこれくらいは普通だよ。」
「普通なのかな……。」
蓮は苦笑した。
自分の模擬戦の相手だった相良も強かったが、一条の戦い方はまた違う。
力で押し切るのではなく、最小限の動きで急所だけを狙う。
長年の経験を積んだ探索者の動きだった。
「依頼だったの?」
蓮が尋ねる。
「うん。」
一条は協会端末を見せる。
「巡回依頼。」
「そうなんだ。」
偶然同じ依頼を受けていただけらしい。
「それで、依頼は順調?」
「うん。ゴブリンとホーンラビットを何匹か倒したくらいかな。」
「初依頼なら十分だよ。」
一条は優しく頷いた。
「ありがとう。」
すると、一条は少し悪戯っぽく笑う。
「せっかくだし、一緒に巡回する?」
「いいの?」
「もちろん。」
「依頼区域もほとんど重なってるし。」
二人は並んで森の中を歩き始めた。
探索者の話をしながら歩く一条は、学校で話している時とは少し雰囲気が違う。
冷静で周囲への警戒を怠らず、それでいて蓮にも気を配っている。
「蓮君。」
「ん?」
「歩く時は前だけじゃなくて、上も見た方がいいよ。」
「上?」
蓮が見上げた瞬間だった。
枝の上から一匹のモンキーバットが飛び掛かってくる。
「っ!」
反射的に横へ飛び退く。
直後、一条のレイピアが閃いた。
一撃。
モンキーバットはそのまま消滅する。
「こういう魔物もいるから。」
一条はレイピアを納めながら笑った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
その時だった。
二人の端末が同時に小さく振動した。
『協会より緊急通知』
画面を開いた蓮の表情が変わる。
『第一ゲヘナ東部で通常より濃度の高い魔力反応を確認。周辺の探索者は十分警戒してください。危険と判断した場合は直ちに撤退してください。』
一条も通知を見つめ、笑顔を消した。
「……濃度の高い魔力反応。」
蓮は端末の画面を見つめた。
通知には詳しい内容までは書かれていない。
「こういう通知って、よくあるの?」
蓮が尋ねると、一条は真剣な表情で首を横に振る。
「全くないわけじゃない。でも、第一ゲヘナでは珍しいかな。」
「そうなんだ。」
第一ゲヘナは初心者向けのゲヘナだ。
協会も定期的に管理しているため、危険な魔物が現れることはほとんどない。
だからこそ、この通知には違和感があった。
「どうする?」
蓮が聞く。
一条は少し考えた後、静かに答えた。
「依頼区域を確認して、それで異常がなければ協会へ戻ろう。」
「無理はしない。」
「協会も撤退を許可してる。」
「分かった。」
二人は慎重に歩き始めた。
先ほどまで聞こえていた鳥型魔物の鳴き声は消え、森は異様なほど静まり返っている。
「静かだね……。」
蓮が小さく呟く。
「うん。」
一条も周囲を見回していた。
「魔物がいない。」
確かにおかしかった。
ここまで三十分ほど歩いているのに、一匹も遭遇しない。
第一ゲヘナでは考えられない状況だった。
「全部逃げた……?」
蓮の言葉に、一条は頷く。
「強い魔物が近くにいる時、小型の魔物は逃げることがあるから。」
「そういうことか。」
蓮は自然と剣の柄へ手を添えた。
二人は足音を殺しながら森の奥へ進む。
すると。
ガサッ。
低木の向こうから一人の男性探索者が姿を現した。
「君たち!」
二十代後半ほどの男性だった。
鎧には泥が付き、肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
蓮が駆け寄る。
「ああ……。」
男性は何とか頷いた。
「助かった。」
「何があったんですか?」
一条が尋ねる。
男性は息を整えながら話し始めた。
「見たこともない人型の魔物だ。全身が闇?影のような見た目をしている。」
蓮と一条は顔を見合わせる。
「探索者ではないんですか?」
蓮が聞く。
男性は首を振った。
「違う。」
「あんな見た目の探索者なんて見たことがないし、聞いたこともない。」
「俺たちは三人パーティーだった。」
「でも、一瞬で散り散りにされた。」
その言葉に空気が重くなる。
「仲間は?」
「二人とも無事だ。先に撤退させた。」
男性は悔しそうに拳を握った。
「俺もすぐ逃げてきた。」
「判断は正しいと思います。」
一条が静かに言う。
「命を優先してください。」
男性は頷くと、そのまま協会のゲートがある方向へ走っていった。
その背中を見送りながら、蓮は呟く。
「新種の魔物……なのかな。」
「まだ分からない。」
一条の表情は険しい。
「でも、協会へ報告した方がいい。」
その時だった。
ガサガサ…
木々の隙間から何かが来ている。
「!」
二人は同時に身構える。
木々の隙間から、人型の影の様な者が一瞬だけ見えた気がした。
だが次の瞬間には姿は消える。
「見えた?」
「うん……でも一瞬だけ。」
「協会の指示どおり撤退する。」
「分かった。」
蓮も異論はなかった。
未知の魔物を相手にするほど、自分たちは無謀ではない。
二人は来た道を引き返し始める。
だが。
森の奥深くでは、双眸が静かに二人を見つめていた。
『………。』
体躯は2メートルぐらい。全身を覆う黒い何かは闇そのものをまとっているかのようだった。
しかし、その魔物は襲いかかってこない。
じっと蓮達の背中を見つめるだけだった。
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