放課後の約束
前回のおさらい
蓮は一条に昔の記憶を重ね始める。
「そういえば。」
公園を横目にして歩きながら、一条がふと思い出したように口を開く。
「蓮君って、学校終わった後は何してるの?」
「特に何もない日は探索者協会に行ったりしてるかな。」
「ふーん、そっか。」
一条はそれ以上深く聞いてこなかった。
「私はまだこの街に慣れてなくてさ。」
「おすすめのお店とかある?」
「おすすめ?」
突然の質問に蓮は少し考える。
「駅前にクレープ屋があるよ。放課後は結構人気だけど。」
「へぇ、甘いもの好き?」
「まあ、普通かな。」
「ふふ。」
一条はどこか楽しそうに笑った。
「じゃあ、今度一緒に行こうよ。」
「え?」
「案内してくれるだけでいいから。」
「……時間が合えば。」
曖昧な返事だったが、一条は満足そうに頷いた。
「約束ね。」
その言葉に、蓮は一瞬だけ引っ掛かりを覚える。
(約束……。)
今朝見た夢でも、誰かがそんな言葉を口にしていた気がした。
しかし思い出そうとしても、霧がかかったように記憶はぼやけたままだった。
◇◇◇
教室へ着くと、朝のホームルームまでまだ少し時間があった。
翔太が二人を見つけるなり、大きく手を振る。
「おーい! 二人とも一緒に来たのか!」
「通学路で偶然会っただけだよ。」
蓮がそう答えると、翔太は意味ありげにニヤニヤ笑う。
「ほんとかぁ?偶然って便利な言葉だよな。」
「違うって。」
夏鈴も苦笑しながら席へ着く。
「翔太、からかいすぎ。」
「悪い悪い。」
そう言いながらも笑みは止まらない。
一条はそんなやり取りを見て、小さく笑っていた。
「みんな仲がいいんだね。」
「まあな。」
翔太は胸を張る。
「神代とは一年の時から同じクラスなんだ。」
「そうなんだ。」
「昔から真面目でさ。宿題もちゃんとやるし。運動もそこそこできる。でも目立たないタイプだったよな。」
「そうだね。」
夏鈴も頷く。
「最近は一気に有名になっちゃったけど。」
その言葉に、教室の何人かも蓮へ視線を向ける。
探索者として少し名前が知られ始めた影響だった。
目立ちすぎるのは苦手なのに…。
◇◇◇
昼休み。
今日は体育の授業があったため、教室には少し疲れた空気が流れていた。
男子たちは机を寄せて昼食を食べ始める。
「神代。」
翔太がコーヒー牛乳を飲みながら尋ねる。
「そういや、お前って体力すごいよな。」
「体育でも全然息切れしてなかったじゃん。」
「ああ、探索者してるからかな。」
探索者になってから身体能力は大きく伸びた。
「羨ましいなぁ。」
翔太はため息をつく。
「俺なんか五周走っただけでバテたぞ。」
「普段ちゃんと運動してないからだよ。」
夏鈴が呆れたように言う。
「耳が痛い……。」
その様子に、一条は思わず吹き出した。
「ふふっ。」
初めて見せる自然な笑顔だった。
「翔太君って面白いね。」
「だろ?俺、ムードメーカーだから!」
胸を張る翔太に、教室中から笑いが起こる。
その空気はとても穏やかだった。
◇◇◇
放課後。
チャイムが鳴ると、生徒たちは次々と帰り支度を始める。
「神代!」
翔太が振り返る。
「今日はゲーセン寄らないか?」
「悪い、今日は用事があるんだ。」
実際には協会から渡された資料を読み返し、次の特例昇格試験について整理するつもりだった。
「そっか。また今度な!」
翔太と夏鈴は手を振って教室を出ていく。
教室には蓮と一条だけが残った。
二人は並んで校舎を出る。
夕焼けに染まる帰り道。
「学校、どう?」
蓮が尋ねる。
「楽しいよ。」
一条は笑顔で答えた。
「みんな優しいし。」
「それなら良かった。」
しばらく歩くと、一条が空を見上げる。
「この街、前より少し変わったね。」
「前?」
「あ……。」
一条は少しだけ慌てたように笑う。
「テレビで見た印象と違ったって意味。」
「そうなんだ。」
蓮は深く考えなかった。
だが一条は、気付かれないよう小さく胸をなで下ろす。
(危なかった……。)
まだ話す時ではない。
思い出してもらうのは、もっと自然な形がいい。
焦る必要はない。
そう自分に言い聞かせながら歩みを進める。
やがて昨日と同じ分かれ道へ着いた。
「じゃあ、また明日。」
「また明日。」
互いに手を振り、それぞれの帰路へ向かう。
蓮は振り返らなかった。
しかし一条は、蓮の背中が見えなくなるまで静かに見送っていた。
「少しずつでいい。」
夕暮れの空へ向け、小さく呟く。
「また昔みたいに笑い合える日が来るから。」
優しい風が吹き抜け、一条の髪をふわりと揺らした。
二人の止まっていた時間は、まだ誰にも気付かれないまま、ゆっくりと動き始めていた。
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