転校生 一条 恵
前回のおさらい
偶然とは思えない転校生との出会いがありました。
ホームルームが終わると同時に、教室は一気に騒がしくなった。
「一条さん! 前はどこの学校だったの?」
「趣味って何?」
「彼氏いるの?」
質問攻めだった。
一条は困ったように笑いながら、一つひとつ丁寧に答えていく。
「前は少し遠くの学校だったよ。」
「趣味は読書かな。」
「彼氏はいません。」
その柔らかな笑顔に、男女問わずクラスメイトたちはすっかり打ち解けていた。
一方、蓮は自分の席で静かに教科書を開く。
(昨日会ったばかりなのに……。)
どうして転校してきたのか。
そればかりが頭をよぎる。
すると隣から小さな声が聞こえた。
「蓮君。」
「……どうかした?」
「そんなに警戒しなくてもいいよ。」
一条はくすっと笑う。
「別に蓮君を困らせに来たわけじゃないから。」
「でも、昨日会った翌日に転校で会うなんて、偶然とは思えない。」
「そうだね。」
あっさり認める。
「偶然じゃないよ。」
蓮は思わず一条を見る。
「……。」
「でも理由は、まだ秘密。」
人差し指を口元に当てて微笑む。
「そのうち話せる時が来るから。」
結局、それ以上は何も聞き出せなかった。
◇◇◇
一時間目。
数学。
教師が黒板へ問題を書き始める。
「では、この問題を解ける人。」
教室が静まり返る。
誰も手を挙げない。
教師は出席簿を見ながら言った。
「では転校生。一条、やってみるか。」
「はい。」
一条は静かに立ち上がると、黒板へ向かった。
チョークを手に取り、迷いなく式を書き進める。
さらさらと響く音。
わずか一分ほどで解き終えると、答えを置いて席へ戻った。
教師は黒板を見るなり目を丸くする。
「……正解だ。」
教室から感嘆の声が上がる。
「すご……。」
「頭いい。」
「完璧じゃん。」
一条は照れたように笑うだけだった。
蓮も少し驚く。
(この問題結構難しいと思うんだけどな。)
そんなことを考えていると、一条が小さくこちらを見る。
「蓮君なら、もっと早く解けたでしょ?」
「え?」
「さっき、答え見えたから。」
蓮は苦笑するしかない。
「数学がたまたま得意なだけだよ。」
「ふふ。」
意味深に笑うだけだった。
◇◇◇
昼休み。
翔太が勢いよく振り返り話しかけて来る。
「神代!屋上行こうぜ!昼飯食べよう!」
夏鈴も弁当を持って立っていた。
「一条さんも一緒にどう?」
「いいの?」
「もちろん!」
四人は屋上へ向かう。
昼休みの屋上は、多くの生徒が思い思いに昼食を楽しんでいた。
空はよく晴れ、心地よい風が吹いている。
四人は空いているベンチへ腰掛けた。
翔太はさっそく話し始める。
「一条さんって、部活とか入る予定ある?」
「まだ決めてないかな。」
「うちの学校、運動部結構強いんだぜ!」
「へぇ。」
穏やかに相槌を打つ一条。
夏鈴も話に加わる。
「文化祭も楽しいよ。」
「秋には体育祭もあるし。」
「楽しみ。」
そんな何気ない会話が続く。
探索者の話題は一切出ない。
ここは普通の高校だ。
探索者であるかどうかは、生徒たちの日常にはあまり関係ない。
蓮も自然と肩の力が抜けていた。
その時だった。
ヒュゥー。
突然、強い風が吹く。
一条の手からハンカチがふわりと空へ舞い上がった。
「あっ。」
風に乗って校庭の方へ飛んで行こうとする。
蓮は反射的に動く。
軽く2メートルほど跳躍、空中でキャッチし、小さく息を吐く。
「危なかった。」
そのままハンカチを渡す。
「ありがとう。」
一条は嬉しそうに受け取った。
「神代…ほんとに探索者なんだな……」
「すごい跳躍…」
一条以外の3人がやりとりしている所を見つめながら微笑んでいた。
「やっぱり優しいね。」
「え?」
「なんでもない。」
そう言って弁当を食べ始める。
蓮は首をかしげるしかなかった。
◇◇◇
放課後。
ホームルームが終わると、生徒たちは次々と帰宅していく。
翔太は部活へ。
夏鈴は図書委員の仕事があると言って教室を出た。
蓮も鞄を持ち、帰ろうと立ち上がる。
「蓮君。」
また隣から声がした。
「一緒に帰らない?」
「え?」
「帰る方向、途中まで同じだから。」
蓮は少し考えた。
帰る方向まで知られているのは考えないようにするとして、断る理由もない。
「……分かった。」
二人は並んで校門を出る。
夕暮れの街。
オレンジ色に染まった歩道をゆっくり歩く。
学校の話、授業の話、好きな食べ物、休日の過ごし方。
他愛もない会話が続く。
昨日のような探るような雰囲気はなく、ごく普通の高校生同士の時間だった。
やがて分かれ道がやってきた。
「私はこっち。」
一条が立ち止まる。
「今日はありがとう。」
「こちらこそ。」
「じゃあ、また明日。」
そう言って手を振り、夕暮れの住宅街へ消えていく。
蓮もその背中を見送りながら歩き出した。
(普通……なんだよな。)
昨日感じた得体の知れない印象とは違う。
学校では、どこにでもいる優しくて少し不思議な転校生だが…。
(それでも、何か隠している。)
その確信だけは消えなかった。
夕日がゆっくりと沈み始める中、二人の距離は少しだけ縮まり、そしてまだ誰にも見えない新たな物語が静かに動き始めていた。
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