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後悔しても遅い。マーゴットはパートナーを書き換えた。   作者: 雛雪


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第五話 延命と「檻」

翌日の午後、ヴァンダービルト公爵邸の大広間では、春季の茶会が催されていた。


王都の名門貴族たちが集う社交の場。 

前世であればマーゴットはドミニクの隣に立ち、次期当主夫人として完璧な微笑みを貼り付けていたはずだ。

だが今、その立ち位置にいるのは違う。

北側の窓辺、陽光の柔らかな席。 

キリアン・ヴァンダービルトの隣。


病弱な長男のためにと配慮されたその席は、本来なら人目を避けるための場所だった。 

それなのに今日は、むしろ視線が集中している。


「セント・クレア嬢が、長男令息の隣に……」

「最近ずっと離れへ通っているそうよ」

「まさか、婚約入れ替えの話が……?」


囁きが波のように広がる。

マーゴットは優雅にティーカップを傾けながら、視線だけで会場をなぞった。

噂は十分。 

あとは当人に見せつけるだけ。

案の定、少し離れた席にいたドミニクの目が、こちらに釘付けになっていた。

隣にはヴィヴィアン。 

儚げに座っているが、その指先はドミニクの腕を強く握りしめている。


前世ではマーゴットがいた場所に彼女は居ない。ヴィヴィアンだけが居る。 

そして今、ドミニクが見ているのはヴィヴィアンではなくマーゴット。


(ようやく焦り始めたのね)

マーゴットがそう思った瞬間、キリアンの指先がテーブルの下でそっと彼女の手に触れた。


「視線を泳がせすぎです」

低い囁きに、肩がわずかに跳ねる。

「……見られていましたか」

「君が弟を気にしている顔をすると、私が落ち着かない」

さらりとした声音なのに、その言葉だけが妙に熱を持って耳に残る。

マーゴットが視線を上げると、キリアンは何でもないように紅茶を口にしていた。 

だが、その横顔は少しだけ不機嫌そうだ。

昨日より、なんとなく彼の独占欲が一歩進んでいる。

その事実がマーゴットの胸のどこかをくすぐった。


茶会の終盤、公爵が席を立とうとしたその時だった。

大広間の入口から執事長が青ざめた顔で駆け込んでくる。

「閣下! 北部街道で橋が落ち、物資隊が足止めに!」

ざわめきが広がる。

北部街道。 

ヴァンダービルト家の主要交易路の一つだ。


前世の記憶が、マーゴットの脳裏に鮮やかに蘇る。

(今日だわ)

この混乱の最中、公爵は持病の発作を起こし倒れる。そのまま衰弱し、二ヶ月後に死亡。

結果、ドミニクが家督争いの中心に躍り出た。

前世の大きな転換点。


キリアンも同じことに気づいたのか、静かにマーゴットを見た。

彼女はほんのわずかに頷く。


次の瞬間、公爵が胸元を押さえた。

「……っ」

その巨体がよろめく。

「父上!」

ドミニクが立ち上がるより早く、マーゴットが声を張った。

「医師を!東棟の侍医ではなく、北の離れの先生を!」

東棟の侍医――つまりヴィヴィアン付きの医師ではなく、キリアンの専属医。

前世、公爵の処置が遅れたのは東棟の医師がヴィヴィアンの“発作”にかかりきりだったからだ。

今回は違う。


キリアンがすでに立ち上がり、落ち着いた声で執事たちへ指示を飛ばしていた。

「父上を西の静養室へ。薬箱は私の部屋の棚、二段目だ。北方薬草の抽出液を最優先で」

病弱ゆえに薬の知識が深い彼の指示は的確だった。


ドミニクはその場に立ち尽くしたまま、公爵を運ぶ人波を見送るしかない。

主役になるべき場面で、彼は動けない。

その現実が、彼の焦りをさらに煽っていく。


数時間後、西の静養室。

ベッドに横たわる公爵の呼吸はひとまず安定していた。

侍医が深々と頭を下げる。

「峠は越えました。迅速な処置がなければ危うかったでしょう」

ドミニクの顔が強張る。

本来なら自分が救ったと称賛される場面で、功績はキリアンへ集まりつつある。

しかもその立役者は、彼が病弱な役立たずと見下していた兄。


「……兄上が、なぜそこまで」

苦い声で問うドミニクにキリアンは静かに咳をした。

「父上に生きていていただかないと困りますから」

その一言の意味を、マーゴットだけが深く理解していた。

公爵が生きる限り、家督は動かない。

ドミニクは永遠に“次男のまま”。

それこそが、前世で彼が最も欲していたものを奪う檻。

延命という名の、最も美しい拘束だ。


その夜、北の離れに戻ったマーゴットは、暖炉の前で小さく息を吐いた。

「当分は問題ありませんね」

「ええ」

 キリアンはソファに腰掛けたまま、指先で薬瓶を弄ぶ。

「弟は、もう自由には動けません」


彼の言葉にマーゴットはようやく実感する。

前世で自分を閉じ込めたすべての構造が、今はドミニクを縛る側へ反転している。


「……あなたは本当に恐ろしい人ですね」

思わず零した言葉に、キリアンがゆっくり顔を上げた。

「今さらですか?」

少し笑ったその表情が不意に柔らかくなる。

「でも、君の方がもっと恐ろしい」

「私が?」

「ええ。君は誰かを破滅させる時も、ちゃんと生かして苦しませる順序を選べる」

マーゴットは息を呑む。

それは責める声ではなく、どこか誇らしげな響きだった。


「前世の復讐をと思うなら、父上を助けなかったかもしれない」

「……そうかもしれません」

「でも君は助けた。弟を閉じ込めるためでもあり、この家を守るためでもある」

キリアンは立ち上がり、マーゴットの前まで歩いてくる。


「君を弟に渡すのは、気が進まないですね」

低く落ちたその声に、心臓が大きく跳ねた。

気づけば彼の手が、そっと彼女の頬に触れている。

「……今のは、忘れてください」

冷たいはずの指先が、妙に熱かった。


「……キリアン様」

「そろそろ“偽り”では足りなくなる」

その言葉の意味を問い返す前に、彼はふっと微笑んで手を離した。

「今夜は休みなさい。明日から弟はもっと醜く足掻きます」


離れていく背中を見つめながら、マーゴットは胸元を押さえた。

鼓動がうるさい。

理由がわからないのに、静まらない。

もっと静かで、もっと深く心を絡め取る何か。

ドミニクを「檻」に閉じ込めた夜、気づけば自分の心もまた、別の誰かに少しずつ囚われ始めていた。


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