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後悔しても遅い。マーゴットはパートナーを書き換えた。   作者: 雛雪


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第三話「共犯者」

キリアンの言葉どおり、マーゴットは翌朝、北の離れを訪れた。


ヴァンダービルト公爵邸の本館から遠く隔てられたその建物は、まるで静かな墓標のようだった。風に揺れる蔦、閉ざされた雨戸、薬草の香り。

だが中へ足を踏み入れた瞬間、その印象は一変する。

机の上に積まれた帳簿、各派閥の印章、王都の地図。ここは病人の隠居部屋ではない。

権力の流れを俯瞰する、もう一つの中枢だ。


(……遠ざけられていたのではなく、自分から盤上を見ていたのね)

窓辺の長椅子で、キリアンが書類から目を上げた。

「時間どおりですね」

「試されている立場ですもの」

「いい返答だ」

彼は微かに笑い、向かいの席を示した。


「では本題です」

キリアンは一枚の紙を差し出す。

それはヴァンダービルト家北方商会の委任状だった。通常なら当主か後継者しか触れられない権限。


マーゴットの眉がわずかに動く。

「ここまで渡してよろしいのですか」

「北方派閥の表向きの決裁権です。物流、人員、情報網の一部も含みます」

「……一部?」

「全部を欲しがるほど浅ましい人には見えませんので」


試されている。

マーゴットは一瞬で理解した。

彼が見ているのは能力だけではない。権力を与えた時、その人間がどう変わるか。

彼女は委任状を手に取り、静かに言った。

「私が欲しいのは権力ではありません」

「では?」

「歪んだ物語を正しい順序で崩す力です」

キリアンの瞳が、はじめて明確に愉悦を帯びた。

「合格です、マーゴット嬢」


「三日後、ヴィヴィアン嬢が邸に入ります」

マーゴットが告げると、キリアンはすでに知っていたように頷いた。

「弟の英雄願望が完成する日ですね」

「今回は私から離れを用意しません」

「ほう」

「代わりに、彼女を“本館”で保護させます」

キリアンがペン先を止めた。

マーゴットは続ける。

「前回、私が世話を引き受けたことで、すべての管理責任が私に集まりました。教育も薬も診察も、何もかも」

だからこそヴィヴィアンは公爵家に虐げられる可哀想な孤児ではなく、マーゴットに支配される弱者を演じられた。


「今回は変えます。ドミニク様自身に彼女の生活すべてを管理していただきます」

しばしの沈黙の後、キリアンが小さく息を漏らした。

「……素晴らしい」

彼の声に本物の感嘆が混じる。


「責任の所在を弟へ固定するわけですか」

「ええ。守りたいのでしょう? なら最後まで守っていただきます」


キリアンは咳をひとつ落とし、椅子にもたれた。

「君は前回、お人好しの善人だった」

「そうですね」

「だが今は違う。感情を順序に従わせている」

マーゴットは少しだけ視線を伏せた。

「同じ死に方は二度と御免ですもの」

するとキリアンは不意に立ち上がり、彼女の背後へ回った。

机上の書類に手を伸ばすふりをしながら、その距離が近い。

声が耳元近くに落ちる。

「なら、今後は一人で抱え込まないことです」

マーゴットの呼吸がわずかに止まる。

「共犯者は使い潰すためにいるのではない」

その言葉に、前世のドミニクとの違いが鮮烈に浮かぶ。

利用ではない。対等な共犯。


その日の午後、マーゴットは本館の応接間でドミニクと顔を合わせた。


「ヴィヴィアン嬢を迎え入れる件ですが」

ドミニクの顔が明るくなる。まだ恋する男の顔じゃない。ただ自分の英雄譚に酔う顔だ。

「もちろん君も協力してくれるだろう?」

マーゴットは柔らかく微笑んだ。

「ええ、もちろんですわ。ですが今回は、あなた様ご自身が傍らで支えて差し上げるべきです」

「……私が?」

「命の恩人なのでしょう? 他人任せでは誠意に欠けます」

この一言で彼は断れない。


「本館東棟の客室をすべて彼女専用に。侍女も侍医も、あなた様の名で揃えましょう」

ドミニクは満足げに頷いた。

(ええ、そのまま全部あなたの責任になりなさい)


夜、北の離れへ報告に戻ると、キリアンは珍しく窓辺ではなく暖炉前に立っていた。

「上手く誘導できたようですね」

「ええ。彼は喜んでヴィヴィアン嬢を抱え込みます」

キリアンは満足そうに頷き、それから少しだけ目を細めた。


「……ただ、一つ訂正を」

「何でしょう」

彼はゆっくり近づき、マーゴットの手から報告書を抜き取った。

指先が触れる。

「君が弟の前で見せる笑顔」

静かな声。

「できれば、あまり多く見せないでいただきたい」

マーゴットが瞬く。


キリアンはすぐに視線を逸らし、何でもないように書類へ目を落とした。

その横顔だけが、ほんの少し不機嫌だった。

その理由を、マーゴットはまだ知らない。


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