第五十九話 夜更けの窓辺、未来の話
扉が閉まった後、しばらく窓の外を見る。
夜の星が輝いている。王宮の庭は暗いのに、花壇だけがほの白く浮かんで見えた。
(何年後になるかわからないけれど、セリアはルシファーに会う)
(それまで私たちは、それぞれの日々を生きる)
(セリアが笑えるように。私も笑えるように)
「マリアンナ?」
クロードの声がした。
「……殿下?」
「遅かったね。セリア嬢と話してた?」
「うん。ちょっと——未来の話を」
「どんな?」
「セリアの、夢の話」
クロードが私の隣に来て、同じように窓の外を見た。
肩が触れそうで触れない距離が、落ち着く。昔は考えられなかった。
「セリア嬢の夢か」
「うん。まだ先のことだけど——きっと叶うと思う」
「マリアンナがそう言うなら、叶うだろうな」
「なんで」
「マリアンナの『きっと』は、大抵当たるから」
「……それは殿下の観察眼が良すぎるだけです」
「マリアンナの行動力が確かなだけだよ」
クロードが、私を見た。
「ありがとう、マリアンナ」
「また『ありがとう』。何に対してですか今回は」
「傍にいてくれること。——それだけで十分だよ」
それだけで十分、か。
私は少し笑った。笑うと、胸の奥が静かになる。
「私も」
「え?」
「それだけで十分。私も」
クロードが少し目を細めた。
「良かった」
「良かった、って毎回言いますね」
「良かった時に言いたいから」
「……じゃあ、良かったですよ。ちゃんと言えて」
「ありがとう」
「どういたしまして」
窓の外で、風が木々を揺らした。
遠くで、セリアが部屋の明かりをつけているのが見えた。
(研究再開してる……)
本当に勤勉な妹だ。
「……殿下」
「うん?」
「一つ、聞いてもいいですか」
「なんでも」
「私のこと、最初から好きだったって言ってましたよね」
「うん」
「それって——私が転んだふりをした時から?」
「正確にはその後、かな。転んだふりだと気づいた上で『ありがとうございます』と受け取って、セリア嬢を紹介してきた。その一連の行動が——面白くて、気になって」
「気になって?」
「この子は何を考えてるんだろう、と思って。そのまま、ずっと気になり続けた」
「……十年以上、気になり続けたんですか」
「うん。時間がかかったけど——ここまで来た」
「……遠回りしましたね、お互いに」
「そうかな。マリアンナのペースで来たから——ちょうど良かったと思ってるよ」
クロードが静かに笑った。
「——おかげで、長く知り合えた」
「……確かに」
「それで十分だよ」
窓の外の星が瞬いた。
——やっと、全部が繋がった気がした。
転生して。赤ちゃんから始めて。セリアを守ろうとして。
自分の気持ちを封印して。セリアに指摘されて。クロードに待っていてもらって。
やっと、向き合えた。やっと、受け取れた。
「……ありがとうございます、殿下」
「今度はこっちがありがとうを言う番だよ」
「何に対して」
「待ってくれたこと。——来てくれたこと」
「来たのは赤ちゃんですけど」
顔が、きょとんとして止まる。
「え?」
「ですから。赤ちゃんが来ました」
やがて意味を理解したクロードに、抱き寄せられる。
腕の力が強くて、少しだけ手が震えているのを感じた。
彼のほうも、まだ時々こうなるのだ。
幸せ。心から、そう思う。
この世界に来て、セリアの双子の姉として生まれて、十七年かけて、ここまで来た。
夜が更けていく。
窓の外では、セリアの部屋の明かりがまだ灯っていた。
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