第六十話 いざ、ハッピーエンドへ向かって
朝が来た。
窓から差し込む光で目が覚めて、私はしばらく天井を見た。
王宮の天井は、子どもの頃に暮らしたヴェルナー家の天井より高い。
いまでも、ときどき不思議な感じがする。
「……朝か」
独り言を落として、ゆっくり起き上がる。
窓を開けると、庭の木々が朝露に濡れて光っていた。
澄んだ鳥の声が、空気を切るみたいに響く。
(前世では、こんな朝を迎えることはなかったな)
社会人の私は、朝が苦手だった。
ゲームをやり込んで夜更かしして、朝はぎりぎりに起きる。
そんな生活。そんな毎日。
たぶん、朝の良さを味わう余裕がなかった。
今は、朝が好きだ。
一日が始まる予感が、嫌いじゃない。
昨日の続きが、ちゃんと今日につながっていく感じがする。
「マリアンナ!!」
廊下からセリアの声がした。元気すぎる。まだ朝だよ。
「入っていい!?」
「入っていいよ」
扉が開いて、セリアが飛び込んできた。
髪が少し乱れていて、寝間着のままなのに、目だけが覚めきっている。
「見て!!」
セリアが興奮した顔で、分厚い書物を抱えていた。
「北方の古い文献に、封印に関する記述が見つかった!!ゲームでの設定と照らし合わせると、解除の時期を変えれる可能性があって——」
「朝一番からその話?」
「大事だから!!」
「……とりあえず座って。話を聞く」
セリアが私の隣に座って、熱心に説明し始めた。
私はお茶の支度をしながら、耳だけはちゃんと向ける。慣れた。
(相変わらず元気だな)
ゲームで見ていたセリアより、今のセリアのほうがずっと好きだ。
ゲームのセリアは儚くて美しかった。
でも今のセリアは——儚さの中に芯があって、笑うと周りが明るくなって、好きなことに全力で、大切な人には真剣で。
その全部が、今のセリアだ。
「——というわけで、解除が予定より十年早い可能性があるんだよ!」
「十年も早いの!?」
「そう!だからもう準備を急がないと——」
「わかった、わかった。計画を立て直そう」
「手伝ってくれるの!?」
「当たり前でしょ。双子なんだから」
セリアの顔がぱあっと明るくなる。
「マリアンナ、大好き!!」
「知ってる」
「もっと嬉しそうに受け取って!!」
「……私も好きだよ、セリア。お互い様だよ」
「あ!でも!!マリアンナの体調が第一だからね!!」
セリアが書類を広げ始めた。
私はお茶を二人分淹れて、隣に座る。
(これが日常か)
最推しの妹が隣で推しのために計画を立てていて、私はそれを手伝っている。
前世のゲームオタクの私が聞いたら、卒倒しそうな話だ。
「マリアンナ、この部分の解釈を手伝って——」
「どこ?」
「ここ。古代語の部分で、うまく読めなくて」
「見せて」
「ありがとう!!」
二人で書物を読み解きながら、私は静かに笑っていた。
外から、庭の鳥の声が聞こえる。
朝日が差し込んで、紙の上に明るい斑が揺れる。
何も特別なことじゃない。
ただ、好きな人たちと、好きな場所にいる。
それだけのことが——あたたかくて、やっぱり幸せだった。
セリアは言った通り、ルシファーが目覚めるその日まで準備を続けている。
研究を重ね、北方との外交的な繋がりを少しずつ作り、聖女としての力を磨いた。
私は傍でそれを支えながら、クロードとともに王国の未来を作っていった。
そして——私たちが二十三歳の時。
北方から、「封印が解けた」という報告が届いた。
封蝋の割れた書状を受け取った瞬間、部屋の空気が一段だけ変わった気がした。
その時のセリアの顔を、私はたぶん一生忘れない。
嬉しいとか、楽しみとか、そういう言葉では足りない。
もっと深いところから湧き上がってくる——ずっと待っていたものに、やっと触れられる、という顔だった。
「行ってくるね!マリアンナ」
「気をつけて」
「絶対大丈夫」
「根拠は」
「だって、私はヒロインだよ!?」
「確かに。行ってらっしゃい」
「行ってきます!!」
セリアは颯爽と出かけていった。
扉が閉まる直前、振り返った瞳が、きらっとした。
その背中が、何十年分もの想いを乗せているように見えて——私は胸の奥で、そっと祈る。
(大丈夫。セリアなら。絶対に)
「マリアンナ」
後ろからクロードが声をかけた。
振り返ると、彼も同じ報告を聞いていたらしく、わずかに眉が寄っている。
「大丈夫かな、セリア嬢」
「大丈夫だよ」
「根拠は?」
「あの子が何年もかけて準備してきたことを、私は知ってるから」
「……なるほど」
クロードが隣に立った。
窓辺に並ぶと、外の光が二人の影を重ねる。
「マリアンナは、セリア嬢のことが本当に好きだね」
「最推しだから」
「さい、おし。——また変な言葉を」
「……まあ、大切に思っている人、ということで」
クロードが少し笑ってから、わざとらしく首を傾げた。
「じゃあ、マリアンナにとっての最推しはセリア嬢か?」
「セリアと、何人か増えました」
「誰だ?」
「……誰だと思います?」
クロードが少し考えてから、私を見た。
「……まさか」
「まさかですよ」
「僕が?」
「殿下と、子と……もう一人、来年に増えます」
クロードはしばらく黙った。
それから、ぎゅっと抱き寄せられて、耳元で小さく息を吐かれる。
「……それは、楽しみだ」
「はい。でも、一番はクロードです」
「知らなかった」
「知らせてなかったですから」
「でも今は言える?」
「言えます」
クロードが私の手を取った。
指先が温かい。あの頃みたいに、確かめる必要がない温度だ。
「ありがとう、マリアンナ」
「こちらこそ」
窓の向こうで、セリアが駆けていくのが見える。
夢に向かって、まっすぐに。迷いのない足取りで。
私はその背中を見送りながら——クロードの手を握り返した。
そんなに遠くない未来。
セリアに「私のお婿さん!」と魔王を紹介される未来が見えた気がした。
よかった、転生して。
よかった、セリアの姉に生まれて。
よかった、最推しが傍にいて。
よかった、もう一人の最推しと一緒にいられて。
前世の私が聞いたら、絶対に信じないような話だ。
でも、これが現実だ。
たった一度の転生で、こんなにたくさんの『よかった』を手に入れた。
(バグってる転生だな)
そう思って——私はまた、笑った。
笑うと、胸の奥の硬いものがほどけて、呼吸が深くなる。
目の端が少し滲んでも、もう慌てない。
笑えることが、今も一番の幸せだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
マリアンナがハッピーエンドになったかと思ったら、セリアの恋の行方も気になりますね……
セリアが推しとどんなふうに関わっていくのか……もし気になりましたら、ブックマーク、★★★★★、リアクション、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




