◆12 お姫様の幼馴染との遭遇
応接室は、奥屋敷から廊下を伝った先、王宮本邸の外延にあった。
護衛や近衛の部屋がある地域だ。
ターニャ王女殿下にとって、外部からの男性来客と面会出来る唯一の場所ーーそれが応接室であった。
ターニャ姫は広大な応接室に入ると、応接室付きの侍女に案内させ、白鳥雛を革張りの大型ソファに勧める。
結局、ワタシはターニャ姫と並んで座る格好になった。
王女殿下と同列に並ぶーープライベートならではの破格な扱いだ。
そこへ何人もの従者を連れて、一人の男性が応接室へと入って来た。
紺色と青の布地に金銀の刺繍が施された、小綺麗な服装をしている。
いかにも高貴な貴族家のご子息といった身なりだ。
彼の姿を認めると、ターニャ姫は即座に立ち上がり、ワタシに明るい表情を向けた。
「紹介致します。私の幼馴染です」
姫様の紹介を受け、青年男性は胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「初めまして。異世界からの魔法使い様。
私の名前はレオナルド・フォン・スフォルトと申します」
青年は輝くような金色の髪の毛を少し掻き分け、碧の瞳に光を宿す。
体躯はスラっとしているが、腕廻りを見ると、かなりの筋肉量であることが伺われる。
いわゆる、細マッチョというやつだ。
レオナルドと称した青年は、綺麗な手を出し、ワタシに握手を求める。
ワタシは呆然と青年の顔に見惚れたまま、オズオズと手を差し出す。
青年に強く手を握られ、ワタシはポッと頬を赤らめた。
(ヤバッ。なに、この素敵な男性ーー。
歌舞伎町にいたら、立ってるだけでNo. 1ホストじゃね!?)
ところが、その見解は、あっという間に覆されることになる。
眼前の金髪美青年が言葉を発したとたん、ワタシは失望してしまった。
レオナルドの話し方や振る舞いが、その見事な容姿に合っていないと思ったからだ。
「ああ、なんだか照れてしまうなぁ。
異世界の女性と握手するなんてーーいや、握手でよかったのかな、挨拶としては……そもそも文化が違うんだからーー」
グズグズとして、それでいてどこか、のんびりとした口調ーーとにかく、間伸びしたような言葉使いに感じられた。
レオナルドの話し方には、ハキハキさが足りない。
ワタシはあまりのガッカリさで憮然とし、ぶっきらぼうに応えた。
「いえ、どうでもいいですよ。挨拶なんて」
先に着席したターニャ姫が、手招きして、再びワタシに隣席への着座を勧める。
「お掛けくださいな、ヒナさん」
「ありがとうございます」
お辞儀をして着席したワタシは、さらに不機嫌になった。
女性二人が席に就こうとしていたのに、レオナルドはボサっと突っ立ったままだったのだ。
彼の後方にはお付きの執事が二人いて、彼らが椅子を引いてから、自分自身が着座するだけ。
男性なのに、女性をエスコートするつもりがまったくなかった。
ワタシはともかく、お隣のお姫様は王女殿下なのだ。
この男がどれ程の身分かは知らないが、王女様より上ってことはないだろう。
(せっかくのイケメンなのに、気が利かないーー)
文句ありげなワタシの表情に気付いたとみえて、今さらながら、レオナルドは弁明を始めた。
しかも、独りで勝手にティーカップに手を遣って、ゴクゴクと飲み干してからである。
「ああ、すいません。席をお勧めしなくてはいけなかったですね。
でも、この王宮ではいつも客の側でして……それに、姫様以外の女性と、この場で接するのは初めてでして」
言い訳してからカップを置き、両手の指を絡ませるようにして細かく動かす。
なんだかソワソワした感じで、落ち着きがない。
ワタシの隣にいるターニャ姫は、苦笑いを浮かべて取り成す。
「彼ったら、異世界からの召喚が成功したら、その方にぜひ、会ってみたいと言い出しまして。
で、レオナルド様、ヒナさんの感想はいかが?
素敵な方でしょ?」
姫から話を振られ、レオナルドは頭を掻く。
「いやあ、なんだか普通の方でしたね。
もっと奇抜なーーこちらの人間とは全く違うヒトが現れるんじゃないか、と……」
さらにワタシは、頬を膨らます。
(なに、コイツ。すっごく失礼。
人をヘンな動物かなにかのように……。
悪かったわね、化け物じみてなくて)
フンッと、鼻息荒く、ソッポを向きたい気分だ。
少なくとも、面と向かって、女性に向けて言って良いセリフではない。
レオナルド付きの従者が紅茶を淹れてくれたものの、とてもカップを傾ける気分になれなかった。
「それは残念。
ご期待に添えられなくって」
せいぜい嫌味っぽく受け流したが、レオナルドはまるで気にする様子がない。
ジロジロとワタシの全身を見回してから、訥々(とつとつ)と語り続けた。
「あ、あなたのような黒髪も、黄味がかった肌の色も、なかなか美しいですね。
そういえば、稀代の名工タマスも濃い色の肌であったと……」
(タマス? 誰、それ? 知らない)
そう思って、隣の姫を見遣ると、彼女はレオナルドの方に微笑みかけ、軽く窘めた。
「あら、名工タマスと言っても、ヒナさんはご存知ないわ。
彼女は異世界からいらしたのよ」
「あ、ああ、そ、そうですね。
タマスというのは、人形師でしてね。
これなど、彼の作品の一つです」
レオナルドは、慣れた様子で後方に向けて顎をしゃくると、老従者が進み出る。
そして、提げ持っていたケースを、テーブルに置いて開ける。
ケースの中を覗き見ると、一体の白い可愛らしい人形があった。
赤いクッションが何重にも折重ねられていて、その中に白いドレスを着た少女人形が、寝かせられていたのである。




