◆10 お姫様は、婚約するのも大変だ
ヒナが案内された場所は、奥屋敷から庭に突き出たテラスだった。
周囲の茂みには、様々な色に彩られた美しい花々が咲き誇っている。
日差しがあふれるように注ぎ込み、辺りを輝かせていた。
その一方で、テラスではパラソルで日陰が作られていて、涼しげな佇まいをみせていた。
テーブルの上には、花が花瓶に生けてあり、ほのかに香りが漂う。
周囲からも、緑の豊かな香りが漂い、空気までが清らかに感じられる。
ワタシ、白鳥雛は、心の中で強く思った。
(なにからなにまで、ヤバくねぇ!? マジで、素敵だわ。
日本にいたときなんか、ワタシ、テーブルに花なんて飾ったことねえし……)
ターニャ姫と侍女長、そしてワタシが、勧められるままに、席に着く。
すると、彼女たち、上席侍女に命じられた下級侍女たちが何人も奥屋敷から現れて、ワゴンにお茶やお菓子を載せて運んで来た。
ふっくらした形のティーポットが、侍女長の前に置かれる。
食器は全て白で統一されていて、とても清潔感があった。
焼き菓子の上には、たっぷりと赤い果樹のジャムがかかっている。
フルーツの香りとバターの匂いで、ワタシの目は焼菓子に釘付けだ。
(イッキにペロリと、イッちゃえるかも。
いや、マジでイケちゃうわ、全部!)
今にも菓子を頬張りかねない、ワタシの様子を眺めたのだろう。
ターニャ姫が微笑んでいる。
お姫様の視線に気づき、ワタシは照れながら言った。
「おいしいそうなスイーツですね」
「え? スイーツ?」
「あ、この焼菓子のことです」
「ヒナさんの国では、こうしたお菓子をスイーツと呼ぶのですね」
「はい。ワタシ、スイーツ大好き。ケーキとも言います」
説明にもなっていない説明を、ターニャ姫は軽く受け流す。
侍女長が席を立ち、姫様の、次いでワタシの前にあるティーカップに、紅茶を注いでくれた。
カップには黄金色の紅茶が入り、香りたっていた。
ターニャ姫はティーカップを優雅な手つきで口もとに運ぶと、ひとくち紅茶を味わった後で、ニッコリする。
「ヒナさん、どうぞ召しあがれ」
さすがはホンモノのお姫様。
笑顔も柔らかで素敵だし、ティーカップを傾ける仕草も、どこか気品がある。
ほうっ、とワタシが見惚れていると、ターニャ姫は急に真面目な顔付きになってカップを置き、身を乗り出さんばかりに言い募って来た。
「ねえ、ヒナさん、聞いてくださらない?
私のような王族に限らず、この王国の貴族の子女はすべて、成人後、婚姻の前に、自身の魔法力を試すことになっています。
それが、高貴な者に与えられた力だからです」
「ふんふん」
「ですから、私は王族の証である召喚魔法を使いたいと、病床にある王様にお伺いをたてました。
すると、どうでしょう。
私に魔法磁石盤をお貸し下さり、これを空に向かって翳して魔力を込めよと、王様は仰せになりました。
あらかじめ、王様の魔法力と設定が魔法陣の術式に込められているから、あとはおまえ自身の能力で、信頼できる護衛役ーー女性の魔法使いを召喚させなさい、と。
そうして貴女が、白い光の只中から、姿を現しました」
コッチの世界からは、そのようにワタシの登場は見えてたんだ、と妙に感心する。
そして同時に、成人後に自らの力を試すとは、なんて美しい風習だろうと感嘆した。
(なんだか素敵! 魔法を使うことで、自分の血筋を示すなんて……)
地球人みたいに、家系図だけで家柄を云々にするだけの、目に見えない血筋とは、まるで違う。魔法っていう、確固とした血の証がある。
なにかというと、「ウチは筑紫きっての名家だ。お前も名家の子女に相応しく」ーーという、口煩い父親の言動に、辟易としていた。
ワタシにとっては、実のところ、自分が名家の血を継いでいるという実感も自覚もなかったから、大きな違いに思えた。
「高貴な方には、魔法の力があり、それを使うことで証明できるなんて、羨ましい……」
素直にそう口にして、感心する。
すると間髪入れず、侍女長のクレアさんが、横合いから口にした。
「またまた、ご冗談を。ヒナ様は魔法使いのスペシャリストでしょ」
その場にいる者が、みな声を上げて笑った。
ワタシは顔を赤らめる。
「そうでした。ワタシ、魔法使いで、魔法は得意でした。
マジ、うっかりしてたわ」
ワタシのトボけた反応に、一拍間を置いてから、周囲は女性の笑い声で包まれた。
「ほほほ……うっかりだなんて」
「これほどの魔力をお忘れとは。冗談がすぎますわよ」
「ゆとりがおありですのね」
「もしかして、魔法使い独特の言い回しなのかしら?」
「それとも異世界ならではの冗談とか」
ひとしきり朗らかな会話が交わされたあと、ターニャ姫がぽつりと言った。
「ヒナさんて、楽しい方ですね。
嫌な気持ちを、すっかり忘れさせてくださるわ」
その様子を見て、お姫様にどういった悩みがあるのか、ワタシの興味を惹いた。
「なにか、お困りの事があるのですか?
お姫様は、とても幸せそうにみえますけど」
何気ない問いかけのつもりだったけど、みなを強く刺激したようだった。
姫様の背後に立つ侍女長補佐サマンサが、キツい眼差しを向けてくる。
即座に侍女長のクレアが、静かに窘めた。
「おやめなさい、サマンサ。お客様にこれ以上、心労をおかけしては」
でも、サマンサの口は閉じられない。
「ですが……言わせて下さい。クレア様。
護衛役の魔法使いであられるヒナ様には、ぜひ知っておいてもらいたいのです。
姫様のことを」
ワタシは、サマンサに目を遣った。
「ワタシでよければ、なんでも聞きますよ。遠慮なさらないで下さい」
その言葉を受ける形で、それまで黙っていた他の女性たちも、口々にしゃべり始めた。




