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ユーノが真っ青になった。
「…」
答えを待ちつつ、アシャは座り込みたくなる気持ちを堪える。
(聞いてしまった)
アシャの気持ちは伝えていない。『泉の狩人』(オーミノ)との約束は破っていない。しかもユーノの気持ちがわかり、ひょっとすると、ユーノが恋う誰かの名前さえわかるかも知れない千載一遇の機会。
さすが軍師、さすが策士。
汚い遣り口に反吐が出る。
セールが哄笑しているのが聴こえる気がする。自分の格の低さが身に沁みる。
瞬き一つせずに自分を見上げている真っ黒な瞳は、大きく見開かれて揺れている。あんな大怪我をさせておいて、しかも今この醜態、確かにユーノに名前を覚えられるような存在ではないと証明してしまった気がする。
「私にとって、アシャは」
それでもユーノは必死に口を開いた。
「アシャは」
誠意が痛い。
どうする、どうする、と心が揺れ動いている。
自分はどんな顔をしているのだろう。
どんな醜い表情を浮かべているのだろう。
それほどユーノの瞳は頼りなげに見えた。
「……アシャは」
のろのろと俯き、苦しそうに唇を噛む。
(何をしている)
「………アシャ、は」
(俺は、何を)
それでも正義の味方面する自分の煩悶が伝わったように、ユーノは小さく口を開いた。
「どういう意味、って、どういうことさ」
ふいに両手でその体を支えてやらねば崩れ落ちる、そんな気がした。
「私じゃ、主には物足りない、そういうこと?」
乾いた唇が淡々とことばを紡ぐ。やがてゆっくりと顔が上げられた。
「そんなこと、わかってるさ」
真っ白な顔に、真っ黒な瞳。光を失って、絶望に染め上げられて。白い唇が動く。
「あなたはラズーンの第一正統後継者だ。私は辺境の小国セレドの第二皇女、あなたにとっては格下も格下、明日滅んだところで気づきもしない国の、継承権さえない皇女だ」
弾劾するような口調。
「あなたのことを知りもせず、勝手に付き人に追いやった。それを恨む気持ちも責める気持ちもわかるよ」
(違う)
「待て、俺は」
堪え切れず、思わず口を挟む。が、ユーノは止まらない。
「ラズーンさえ揺れ動くこの時代に、セレドのために力を貸してくれとか、私、と、居て欲しいとか、そんなの、我が儘だってわかってる」
(違う)
「聞け、ユーノ、俺は」
何とか誤解を解かねばならないと焦る。足りないのはお前じゃない、足りないのは、俺だ、そういじけてしまったこの心を。
「けれど他に方法がないんだ。あなたが不愉快なのはわかってる。この旅が終わったら、私に厳罰を与えてくれて構わない。けど、私のためでなくていい、何ならレスのために……いや、レアナ姉さまの、ために…」
(違う)
「ユーノ…」
ふいにアシャは気づく。
この突き放した口調、容赦ない内容、それらは全部見せかけだ。
白かったユーノの顔が目元と頬から薄紅に染まりつつあった。見開かれて光を消していた瞳に、目を奪うほど鮮やかな輝きが満ちつつあった。表情を動かすまいと緊張している、けれど震える唇が裏切っている。まっすぐに起こした体が僅かに揺れる。
「ユーノ」
思わず近寄り両手を差し出す。零れ落ちてくるこの魂を、誰よりも近くで受け取れる、その興奮に体が熱くなった。
(堕ちてこい)
俺の腕の中に。俺の胸の上に。俺の熱を奪い去りに。
「何?」
「俺を望んでくれるのか?」
アシャの問いに、ユーノは息を呑み、掠れた声で応じた。
「望んで、るよ」
一瞬の沈黙、やがてはっきり。
「かけがえのない、友人だ」
「…」
がさりと熱に灰が被さる。思わず両腕を降ろして、ユーノを凝視する。
「失いたくないよ、アシャ」
切なげに声が続いた。
「いつも助けてくれた、支えてくれた、守って、くれた。感謝してる。どれだけ感謝してもし足りない。付き人だってことに甘えて、無理ばかりさせて、無茶ばかり言って、振り回して、心配させて、ほんと、私ってどうしようもない奴だってよくわかってる。けど、レアナ姉さまは」
「……ユーノ…」
「レアナ姉さまは、あなたのことを大事に想ってる。頼りにしてる。あなたが居てくれることで、レアナ姉さまがどれほど安心してるかわからない」
(レアナ?)
なぜ、ここでレアナの名前が出されるのだろう。なぜ、今、ユーノとアシャのことを話しているはずなのに、レアナの気持ちが語られるのだろう。
瞬きを繰り返すユーノの瞳は光で溢れ、熱で潤い、そのまま唇で奪い去りたいぐらいだ。なのに、その口が語るのは、大事な姉、愛しい姉、そのことばかりで。
「今世界は動乱の時期にある。ラズーンの存否もわからなくなってくるのかも知れない。そんな中で自分の国のことばかり考えるのは間違ってると思うかもしれないけど、私はセレドを守りたい。セレドが生き延びてほしいと思ってるんだ。私じゃ足りない。セレドの守りじゃ、うんと足りない。けれど、アシャ、あなたが居てくれたら」
「…っ」
ふいに巨大な鉄槌を喰らった気がした。
「ユーノ…」
(違う)
必要としているのは、望んでいるのは『そういうこと』か。
アシャの目の色が変わったのだろう、ユーノが一瞬唇を噛み、苦しそうに俯いた。
「ごめんなさい。余計な、こと、言ってるよね」
「お前は……俺に」
破滅的なことばを口にしてしまう。
「セレドに戻って、レアナを娶り、国を継げ、と言ってるのか」
吐息で囁く。
「だから、俺を望んでるのか……?」




