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「そうだ」
セシ公は薄笑いした。
「私の手の中にさえ落とし込んでくれたら、何とでもいいように扱えるからね」
セシ公とジーフォ公は傍目に仲が悪く見える。お互いへの信頼は皆無、顔を会わせれば不愉快そうに眉を寄せるジーフォ公としたたかに微笑むセシ公が、幼なじみだと聞いたところで誰も信じるまい。むしろ、幼なじみの友情はとっくの昔に破綻していると考えるだろう。
だが、ジーフォ公はセシ公のことばだけは、信じるのだ。
『お前はくそ野郎だ。だが嘘だけは言わないのを知ってる、うんざりするがな』
苦々しく吐き捨てる声が今も聴こえてきて、セシ公はくすりと笑う。
「…けどそれじゃ、ジーフォ公の領地が空くだろ」
リヒャルティは困惑している。
「そうとも空く。だが、その空きはわざと、だ」
「わざと……罠なのか?」
「…ギヌアは『西の姫君』を使った作戦にジーフォ公が乗ったと思うだろう。そのための偽装も既に伝えられているはずだ、アシャが『歯止めをかけるように』指示した、というから」
表向きは如何にもギヌアの作戦通り、アシャが『西の姫君』を攫ったのを知って激怒して領地を離れたように。その実は、セシ公の元で領地に睨みを効かせながら潜伏しつつ反撃の機会を伺うことができるように。
「ジーフォを作戦に従うように説得はできない、だが、作戦通りに動いてもらうことはできる……そういう手配りなんだよ」
「……」
「後の動きについてはこう記してある。『「泥土」のグードス救出には私が赴き、北は「泉の狩人」(オーミノ)、南は貴公にお任せ出来るとの確信がある。ジーフォ公と協議され、分領地の境を決められたし』……つまり、慌てて動かずに済むように手配したから、決戦の場をお膳立てしろとの命令だ」
「……そんなことが…できんのかよ」
だって、アシャはこっちの状態を知らねえだろ?
「まるで、全部見てるみたいじゃねえか」
リヒャルティの声は状況をわかる前より不安げに響いた。
「アシャの頭の中では」
セシ公はもう一度地図に目を向けた。
「この戦いが終わった後の世界が見えているのかも知れない。おさまるべき形はもう見えているけれど、そのどこなら改変可能なのか、どの時期から動かせなくなるのか」
「けど、兄貴」
リヒャルティも同様に地図を見る。
「それってさ、気のせいか? オレにはなんか、どっちが勝っても関係ねえって言ってるように聞こえんだけど」
オレ達は『ラズーン』としてさ、この世界に生き残りたいって思ってる。だから、何とかして勝つ方法を探してる。
「けど、アシャにはさ、この後の世界しか見えてなくて、そこに誰がどう残ってるかってのは、ほんとのところは気にしてなくて」
少しためらってからことばを続ける。
「この後の世界に当てはまるように、オレ達、いや、『運命』とかギヌアとかも、そういう役柄を割り振ってるような気がすんだけど」
気のせいかな、兄貴。
「……」
セシ公はしばらく無言で弟の、年相応に幼くなった金髪の下の白い顔を眺めた。
リヒャルティは昔から勘が良かった。
生き残るために必要なこと、しなくてはならない仕事が何なのかの本質を捉える子どもだった。
セシ公はゆっくりと目を伏せた。
「……軍師とは多かれ少なかれ、そういうものだよ」
人の命を駒として扱う。情勢を読み、望む形に仕上げるために、人も物資も環境さえも計算尽くで配置する。
「私だって同じさ」
「……兄貴は違う」
ぼそりとリヒャルティは唸る。
「兄貴は、配置するオレやギャティやバルカの顔を見るだろ。今みたいにさ、あっちへ行けとかこっちへ行けとか、命令するだろ」
けど、アシャはさ。
「……アシャの前で命令を受ける奴って、居ねえんじゃねえの?」
オレが死んでも、あのクフィラの伝令で、次の誰かにその役割を振るだけなんじゃねえの?
「そんな命令聞く奴って、居るのかな」
そのとき、同時に二人の頭の浮かんだのは、一人の少女、馬の背中で細身を伸ばし、水晶の剣を抜き放ち、誰よりも先に戦地に向かう、ユーノ・セレディス。
「……ユーノが居れば」
セシ公は低く呟いた。
「きっと死ぬ時でも一人ではないだろう」
「………だよな」
「……リヒャルティ」
「やることは、わかった」
セシ公の声に、リヒャルティはぐいと体を起こした。不敵な笑みに唇を綻ばせると、今の今まで幼く見えていた表情が、一気にしたたかで覇気のある顔に変わる。
「『金羽根』のリヒャルティ、確かに請け負った」
期待しててくれ、兄貴。
高らかに言い放って身を翻し、戸口から走り出ていく弟をセシ公はしばらく見送った。少し離れたところでいきなりどよめきが起こり、見る見る音量を上げる。どうせまた、付いていきたいとねだる『金羽根』の面々がリヒャルティに絡んで一悶着起こしているのだろう。だが、それも少しのこと。
潮が引くように騒ぎが静まっていった後も、セシ公は椅子から立ち上がらなかった。
窓辺にはクフィラが返答を待って金色の瞳を瞬いている。
「……最愛の女性を傷つけられているのに、な」
アシャのよこした冷静で怯みのない策は、まるで何も起こっていないかのようだ。
「『氷のアシャ』か…」
セシ公は呟きを噛み締めながら立ち上がり、クフィラに近づく。
「お前の主人は、本当に人の味方なのだろうかな…?」
詰問はサマルカンドの貫く視線に弾かれた。




