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「…確かさ」
リヒャルティはうさん臭そうにセシ公を見やった。
「オレの知ってる限りじゃ、兄貴はジーフォと『仲良し』だったよな?」
「そういう時もあったかな」
「ってか、すんごくよく知ってる仲、だよな?」
「ミダスよりは信頼してるよ」
微笑みを広げると、ふ、と相手は息をついて視線を逸らせた。
「兄貴が言うと『信頼』ってことばは『うまく使える』って聴こえるぜ」
ま、いいや。
こきこき、と首を回して体を緩めながら、
「能書きは兄貴に任せる。オレはユーノを助けるのに何をしたらいいのかだけ、教えてくれ」
「お前が尋ねるからだよ」
薄笑みを浮かべたままからかったが、リヒャルティが真面目な表情になったのに応じて一つ頷き、静かにジーフォ公宮に指を置き口を開く、が。
「まずは…」「わ!」
突然、開け放っていた窓から白い疾風が飛び込んで来た。
「サマルカンド!」
「クェッ!!」
額に紅の十字を戴いたクフィラは、セシ公が自分を一目で見分けたのに満足したのか、一声鋭く鳴くと部屋の中で体を捻り、ふわりと舞い戻った。大きな翼を苦もなく室内で翻し、一瞬に畳み込んで窓辺に体を落ち着け、鋭い嘴を誇らしげに上げてセシ公を睥睨する。その片足に小さな筒がついている。
「何だ?」
「アシャのクフィラだよ。主からの指示を持って来たらしい」
セシ公は素早く近寄り、筒の中から巻いた紙を取り出した。一読してぴくりと体を震わせ、顔を強張らせる。
「兄貴?」
リヒャルティが不審そうに声をかけてくる。
「どうしたんだ? 何か悪い知らせか?」
「…はぁ」
「?」
セシ公の悩ましげな溜め息なぞ、寝屋に侍る女性でも滅多に聞くことはあるまい。思わず眉を上げたリヒャルティが背後から不安そうに重ねて尋ねる。
「兄貴…?」
「ふ、ふふっ」
「おい」
「狂ったのではないさ」
呆れてるのさ、と呟いて振り返ると、こちらも呆気にとられたリヒャルティの間抜け面が迎えた。何となく気持ちを癒されてセシ公は笑みを広げる。
「よくもまあ、ここまで正確に状況を読んでるものだと思ってな」
「アシャか?」
「私の予測などお見通しだよ。加えてこう書いてある」
ぴらぴらと指先の紙を振って見せる。
「『ジーフォ公はテッツェには歯止めを頼んでいるが、押さえ切れぬ場合に備え、リヒャルティとバルカ、ギャティをお貸し願いたい。その三人にジーフォ公の押さえを、できれば、ジーフォ公が憤慨して貴公の所へ向かわれるようにして頂ければ、より有効にジーフォ公を押さえられるかと思っている』とある」
「それって」
兄貴の予想を超えて手を打って来たってことだよな?
セシ公は笑みを引っ込めた。ごまかし切れない寒気に顔がそそけ立っているのを感じた。
「覚えておくのだ、リヒャルティ」
ふ、と小さく息をつく。
「これが、アシャが『軍師』と呼ばれる才能の片鱗だ」
「そんなに凄い指示なのか?」
「凄いも何も」
窓辺を離れ、どさりと椅子に体を落とす。急に広がった疲弊感は己の読みの上を行かれただけではなく、これから圧倒的に不利な戦いに傾きかねない状況を、己一人で支えなくてもいいという安堵もあったかも知れない。
「アシャはこちらの情報を詳細に掴むことができなかったはずだ。『泉の狩人』(オーミノ)との交渉やミダス公襲撃、たて続けに心身ともに苛めるしかない動きのただ中でアギャン公領地に向かってる」
非常に限られた情報しか手に入らない、だがきっと、アギャン公の動きから何が起ころうとしているのか察したのだ。だからこそ、ジーフォ公を押さえる必要があると考えた。
「その手立てがまた憎らしいだろう?」
まず動かしたのがテッツェというあたりが笑えない。確かにジーフォ公は短気で知られた男だが、彼が唯一意見を求め案に従うのがテッツェだと知っていなければ打てない手だ。そして、テッツェがまず優先するのが主たるジーフォ公の安寧であり、そのためには時に『太皇』にさえ楯突くことも辞さない気性だと知っていれば、主を越えてテッツェを動かすことの困難さがわかる。
さらりと書かれた「歯止めを頼んだ」という中身は、ジーフォ公が確かに危険に晒されるであろうとテッツェに納得させたということに他ならない。
「テッツェをジーフォ以外が動かせるなんて考えもしないさ」
だが、一度動けば、その働きは確実迅速だ。おかげでセシ公は慌てて動かなくても済む。
「けれど、たぶんテッツェは制止はするが、こちらの目論みには乗ってくれまい」
そこでリヒャルティ達の出番だ。急ぎの手を打たなくていいセシ公の配下は手持ち無沙汰だ、そう見切って次の手にリヒャルティ達を駆り出した。
「嫌だなんて言えないだろう」
苦笑いする。
ジーフォ公の動きを止めた。次はその身柄を確保しておかなくてはならない、おそらくはその次の布石のために。だが、それはテッツェを動かすよりも至難の技だ、何せジーフォという男は、己が世界君主にふさわしいと思っているのだから、いくら策を説明し、意図を解説したところで、他の人間に指示された、それだけで反発し動かないだろう。
「だから、お前達なんだよ……あいつに喧嘩を買わせられるのは、並大抵の挑発じゃ無理だろうからね」
やれやれ。
「ちょ、っと、待った」
リヒャルティは眉根を寄せて、一所懸命に策の道筋を追いかけている。
「つまり……オレ達はジーフォ公を怒らせて連れ出せばいいのか?」




