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ラズーン 5  作者: segakiyui
6.洞窟

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12

「ユーノ…聖女王(シグラトル)だけを狙え」

 『穴の老人』(ディスティヤト)の1人が仲間に命じて、アシャはぞっとした。

「ギヌア様のお達しだ」

「、ユーノ!!」

 荒々しく叫んだアシャの目の前で、彼の援護を失い、左手を十分に使えないユーノがあっという間に根に絡めとられる。アシャを必死に振り返る、黒い瞳に浮かぶのは不安ではなく心配、だが次の一瞬には手足を締め上げる根に激痛に変わる。

「あ、く、ぅっっ!」

(あれは)

 アシャははっとした。呻いて片目を閉じたユーノ、根に絡まれているのは華奢な銅に両脚、そしてなぜか右腕のみ。剣を掲げていないためか、左手はまだ絡まれていない、それを好機と考えたユーノが、根に絡まれた右手を渾身の力で支えながら左手に剣を持ち替えようとする。

「いけない、ユーノ!」

「は…!」

 罠だ、とアシャの叫びが届くのは遅過ぎた。今の今までユーノの力を試すかのようにひっぱり続けていた『穴の老人』(ディスティヤト)が、ユーノの手が震えるほど力を込めた矢先、ふいに右手を解放する。

 ざくりっ。

「!!」「ユーノっ!!」

 波をも切り分ける水晶の刃は、容赦なくユーノの左肩に食い込んだ。飛び散る紅の飛沫、声もなく仰け反りながら離したユーノの手から、煌めき澄んだ音をたてて剣が転がる。朱色の染みに身を汚した長剣は、すぐにその紅を吸い込むように消し、刃は微かに桜色を帯びたようだ。

「アシャよ……愚かな男よ」

 『穴の老人』(ディスティヤト)は嗤い続けた。

「これがお前がギヌア様に支払う代償……見るがいい、この娘はお前の愚かさで屠られるのだ」

 衝撃にぐったりしているユーノの左腕に肉の樹根が絡み付く。その意図を察したアシャの全身から音をたてて血の気が引く。

「やめ…っ」「う、あああっ!!」

 根は、加え得る限りの荒々しさと力を込めて、ユーノの左腕を捻り上げた。悲鳴を上げて体を凍らせたユーノが、さすがに意識を飛ばして崩れ落ちる。肩からべったりと輝く紅のぬめりが滴り落ちる、まるでアシャの視界を覆うように。

「よくも」

 どこからか淡々とした声が聞こえた。

「そこまで残忍なことがやれたものだな」

 静かで、どこかからかうような響きさえあるその声が、自分のものだと気づくのに少し時間がかかった。

 苦い塊が湧き上がってくる、胃の腑を押し上げ、肺を満たし、心臓を蒸発させて。

 人であることを焼き尽くして。

「ギヌアの命と言ったな」

 四肢の痺れは急速に消えた。ぴしっと鋭い音が鳴って、『穴の老人』(ディスティヤト)の1体がぎょっとしたようにアシャを捉えていた己が根を見る。ぴしっ、とまた空間を裂くような音が響いて、先と同じように一瞬にして炭化した根が、ざらざらと岩場に零れ落ちた。

「俺の目の前で、屠れとの命か」

 弾けるような、何かが割れ砕けるような音は響き続け、アシャを捉えていたはずの根が次々瞬時に黒く焦げた塊と化して崩壊していく。

 アシャは何もしていない。穏やかに静かに尋ねているだけだ。だが、その体の表面からは、目に見えないほどの薄い金の膜が少しずつ浮き上がり、次第に厚みを増して濃密な金色の霧となって周囲を煙らせ始めている。

「う…う…う」

「俺の……アシャ・ラズーンの前で……ユーノを屠れとの、命か」

 炭化は根ばかりではなかった。アシャが放つ金色の霧に入ったものは悉く、マントも岩も何もかもが鋭い音をたてて弾けたかと思うと、次の瞬間には黒く細かな埃と化して空中に雲散霧消していく。

「い…や……」

 イリオールが岩場の隅で頭を抱えて縮こまった。さすがの『穴の老人』(ディスティヤト)もじりじりと後ずさる、周囲の岩場が金霧の侵蝕に削られ崩れ、洞窟のあちこちが揺らぎ始める。だがアシャは周囲にもたらしている被害にもはや関心がない。

「もう……お前達の滅亡などで釣り合いが取れるものでもないな」

 ばらばらと砕け落ちる岩場を優雅に歩みながら、アシャは薄く微笑んだ。

「ギヌアの居場所など教えなくともいい……全世界を…滅ぼせばいい……そうすれば、ギヌアもどこかできっと死ぬだろう…?」

 小首を傾げて優しく問いかける。

 両手を広げる。腕にまとわりつく、特別に濃い金の光が空中に黄金の円弧を描く。

「ぐ…あああっっ!」

 近づき過ぎた『穴の老人』(ディスティヤト)の一体が金の光にまとわりつかれた。金色に光る根を振り回しながら、それらに見る見る体幹を喰い散らかされ、真っ黒な消し炭となってのたうち、それでも死に切れずに身悶えながら岩場に転がり、次第次第に動きを止めて、やがて黒い砂となって姿を消す。

「さあ…離してくれ……それは『俺のもの』だ……返してくれれば、温情を持って、お前達の死は惨くないものにしてやろう…」

 アシャは笑みを深めた。

 真紅に彩られたユーノをもう少しでこの手に抱ける。

 喜びに過熱した体が震えた。

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