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金の髪を首の中ほどまでで切り、前髪は垂らして眉辺りで揃えている。深緑のどこか皮肉をたたえた瞳は、微かな笑みを浮かべてリディノを見つめている。
(来い、無防備で愚かな姫君よ)
自分の容貌はリディノの好みを満たすと知っている。
「あなたは…」
誰何しかけたリディノは、こちらの腰に光る飾り用の短剣としか見えぬ黄金の剣に気づいて、名を思い出したようだ。
「ジュナ・グラティアス様…」
訝りながら、リディノはそれでもジュナから目を離さない。警戒の色を強める様子もない。
「覚えておいでか、それは結構」
ジュナは薄い笑みを唇に広げ、大胆な足取りでリディノに歩み寄った。
「察するところ、恋の病……違いますか?」
遠慮のない物言いは、姫君育ちのリディノにとってむしろ新鮮だろう。同時に投げた熱の籠った眼差しは、リディノにしてみれば見知ったものなのだろう、当然のように笑み返してくるのに、ことばを重ねる。
「しかし、あなたほどの方に悩ませるとは、幸せな男もいたものだ。届かぬ想いならば、私が代わりを務めたいぐらいだが……お呼びではないでしょうな」
ちらり、と光を跳ねる前髪の隙から、上目遣いに見つめてみせた。
「ま…」
リディノの頬が見る見る薄紅に染まる。
「からかわれては困ります、ジュナ様」
視察官は確かにラズーンの臣下に過ぎないが、『太皇』直属であり、ラズーンにとっては四大公に劣らず重要な役職とリディノは知っている。アシャ不在の今、心細い想いをしている彼女にしてみれば、自分を恋い慕う男の視線は誘惑的だろう。
軽く膨れてみせながら、リディノの表情が見る見る晴れやかになる。
「からかいなどしていない」
ジュナはゆっくりとリディノとの距離を詰めた。ベランダを挟んで僅かに見上げ、うやうやしく言い募る。
「ただ、私のようなものでも、あなたの役に立てることがあるかも知れない、そう思ったに過ぎません」
小さく吐息をついて、気持ちを切り替えたようににっこりと笑った。
「医術師としての、この腕を」
「医術師……?」
リディノはゆっくりと瞬きした。思わぬ方向に転がり始めた会話を、訝しみながらも興味をそそられている様子だ。
「ええ」
ジュナは微笑んだまま黙った。
穏やかな陽射し、静かで明るい光、甘く柔らかい花の薫り、目を見張る無邪気な少女。全てが平和で優しく……生ぬるい。
「…どういうことですの…?」
我慢できなくなったのはリディノの方だった。
「……」
ジュナは無言のまま、懐から小瓶を取り出した。水晶を細工した、掌に握り込めるほどの薄紫の瓶、割れないように古びた茶色の縄をほぐして編まれた網に包まれている。その動きの一つ一つをリディノが見つめているのを十分に意識しつつ、笑みを深めた。
「視察官はご存知の通り、ラズーン支配下を旅から旅をして歩きます。その間に、諸国のいろいろな秘薬にも巡り逢うものです。これは、その中の1つ……無味無臭の、恋の薬」
「恋の……?」
「俗に媚薬、とも呼ばれます」
「…」
こくり、とリディノが唾を呑み込んだ。
なるほど年頃の娘らしく、大公の姫君とは言え、媚薬が何を意味するものかは察するらしい。
「これを1滴、恋しい人の食べ物の中に混ぜるのです。その前に、最低一晩は、小瓶に向かって特別な祈りを唱えなくてはなりませんが」
その祈りの文句もここにありますよ、と、これもまた古びた布切れに書き付けられたものを取り出した。
リディノは小瓶を見、布を見、もう一度ジュナを見て唇を開いた。
「でも……」
問われるのは、人の心を薬で操っていいのかという疑問か、それとも、呑ませた相手の命に別状はないのかということか。もちろん、それについても答えはちゃんと準備してある。
身構えたジュナに、リディノは不安そうな顔で続けた。
「そんなことが……できるのでしょうか」
(おやおや)
ジュナは胸の内でほくそ笑む。どうやら今のリディノには信義や良心というものは、守るべきものではなくなりつつあるらしい。
「ありえないとおっしゃるのですか?」
ジュナは驚いた顔を拵えた。
「ラズーン支配下には未開の土地もあります。リディノ姫のご存知ないことも山ほどあります」
そうそう、とジュナは思い出したように旅の話を始めた。風が荒れ狂う極寒の地を群れ飛ぶエフィンガという鼠のこと。大きな湖に浮いたり潜ったりして一生を終えるごぶごぶ魚。乾いた砂漠の上をダフダフと声を発しながら転がっていく草のような昆虫、バグット。
「それに山岳地帯には、道に沿って細長く体を伸ばして生きている蛇の…」
「…ジュナ様」
「またそいつと来たら、尖った角を持っていまして」
苛立ったように声をかけてくるリディノに気づかぬように、楽しくことばを継ぐ。
「この角を密かに集めてすり潰し乾かしたものが」
「ジュナ様!」
リディノのきらきら光る瞳を見返しながらぽつりと告げる。
「至上の媚薬となるのですよ」
「…っ」
リディノがようやく自分がベランダを越えるほどに身を乗り出して、ジュナの話を遮ろうとしていたのに気づき、慌てて体を引いた。それを追うことなく、いや逆に僅かにこちらも身を引いて、ジュナは口を開く。




