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(始めは男だとばかり思っていた)
野戦部隊の待つラズーンの東の端、アギャン公分領地の辺境に、平原竜を疾らせながら、ユカルは考えている。
(あまりにも細っこかったんで、こんな奴に剣など操れるわけがない、そう思ってた)
少年にしても骨細な躯をした相手は、大人の男でも相手をするのに怯むほど激しい剣を操り、争いが起これば真っ先に飛び込む大胆さがあった。そればかりではない、敵に対しては髪の毛ほどの隙も見せずに狙い屠る冷静さをも兼ね備え、まもなく名だたる野戦部隊の勇士達に『星の剣士』(ニスフェル)の名と額帯を贈られるに至った。
いつしか、その剣の腕に惚れ、気性の激しさに魅かれ、男だと信じてもなお揺らぐ己の気持ちに惑い怯み身動き取れなくなり………そうこうしているうちに、ユーノはユカルの手の届かぬ所へ行ってしまった。
(女だとわかった時は、ラズーンの神々全てに感謝した)
あの強い光の黒い瞳も、細くてしなやかな腕も、いずれはこの手に抱けるものと甘い夢を描いていた。
だが、あの金の王子、アシャ・ラズーンが、その夢をあっさりと打ち砕いた。
(噂には聞いていた、姫と呼ばれても通る美貌の王子、けれど、おそらくは、他のどんな剣士よりも凄まじい遣い手、軍師としての冴えも類稀な才能を持ちながら、人と関わりたがらぬ、人と交わらぬ、凍てついた魂の持ち主……)
だが、その名高い『氷のアシャ』は、ユーノ一人のことで我を失うほど取り乱し、自らユーノ救出に赴こうとする。我が身を傷つけ失うことさえ恐れぬほどの激しさで。
(あれだけの想いを秘めて、あれほど優しく『星の剣士』(ニスフェル)を抱く)
脳裏に、つい先日、モス兵士を相手にして疲れ切って気を失ったユーノを、そうっと壊れ物でも扱うように抱きかかえたアシャの姿が甦る。
アシャが疲れていないはずはなかった。いくら第一正統後継者だと言われ、人間を越えていると揶揄されるような能力の持ち主とはいえ、あれほどのモス兵士を収容し切る宙道を開き、それを再び封じるなどという、桁外れの力を揮うのは容易ではないはずだ。
だが、それでもアシャは、ミダス公公邸にユーノを運び入れ、手当をし終えるまで、ただの一瞬たりともユーノを自分の側から離そうとはしなかった。
ユカルは知っている。馬を走らせ、公邸に戻るアシャの額に浮かんでいた、時がたつにつれ、次々とこめかみから頬へ流れ落ちていた汗を。それを拭おうともしないアシャが、ユーノの濡れた髪の毛をどれほどそっと掻きあげてやったかを。どれほど不安げな心配そうな目の色でユーノを見つめ続けていたのかを。
(俺ならきっと)
耐えられないだろう。
(力の限り抱き締めて、唇を奪う)
失わなかった安堵と湧き上がる愛しさ故に。この腕に眠っているという自信と誇り故に。
(なのに)
アシャの瞳に燃えていた熱情がまやかしとは思えない。ユカルのものに劣るとも思えない。
なのに、アシャはただただユーノを護るのに徹していた。自分の物だと凱歌をあげることもなく、取り戻せた喜びを表すのは、静かに抱き包む腕だけで。
(なぜ押さえ込む? お前の腕に『星の剣士』(ニスフェル)は居たのに)
そして、今でなければ、すぐさま飛び立っていってしまうだろうに。
(どうして奪わない?)
愛しくば奪え。
それが野戦部隊のやり方だ。
明日をも知らぬ争乱のただ中に身を沈め、野を駆り、岩を枕にし、天幕を張るのも稀な野の兵士には、恋しい相手の心を揺さぶり手管を尽くして射止めている暇などない。戦の合間、刹那に煽られ、娘の全てを己のものにしようとする。
(腕の中に居ても安心などできないじゃないか。相手は『星の剣士』(ニスフェル)だぞ)
気を許された一瞬に奪わなければ、次の瞬間には手酷い一撃を喰らうかも知れない。
(それとも……もう……?)
語らなかっただけで、ユーノの躯はもうアシャの温もりを知ってしまっているのだろうか。
「ちっ…」
ずきりと腹の辺りに鈍く突き上げる疼きに舌打ちした、と。
「ユカル」
「は、はいっ、隊長っ」
「アシャのことを考えているのか」
唐突に声をかけられ心を見抜かれて、ユカルは目を見開いた。思わず振り向いて見たシートスが、ふ、と唇の端で笑う。
「……それとも、『星の剣士』(ニスフェル)のことか」
「お、俺は…っ」
思わず熱くなる顔にユカルはどもった。
「いや、あの、俺はただ、アシャ・ラズーン、とは、どういう人なのかと」
「恋敵としてか?」
「…」
答えられなくなったユカルに、シートスは軽く笑ってことばを継いだ。
「まあいい」
アシャ、とはな。
「炎のような男だ」
視線をユカルからまっすぐ前方へ向けて続けた。
「『黒の流れ』(デーヤ)を炎に変えたような、な」
「しかし、『氷のアシャ』と呼ばれています」
ユカルは食い下がる。
「誰にも何にも動じない、『狩人の山』(オムニド)の雪のように溶けぬ心の持ち主だと」
「確かにな」
くく、とシートスは喉の奥で笑った。
「それは、今まであの方にそこまで打ち込ませる相手がいなかっただけのことだ」
燃える『黒の流れ』(デーヤ)を止めることなど、誰もできないのと同じように。
シートスは少し目を細めた。
「流れ込む先を定めた情熱は、止める術を知らない」
そのシートスの脳裏にも、一つの光景が浮かんでいる。




