13
「アシャ…」
沈み込む老婆を何とか宥め落ち着かせ、何かわかったことがあるなら知らせようと約束して、ユーノとアシャは老婆の家を出た。
アシャは無語で先を行く。その重い気配の背中に耐えられなくなって、ユーノは声をかけた。
「どういうこと?」
「…」
「カルキュイには『運命』の気配はなかったのに」
「……『運命』よりタチが悪い」
うっそりとした、どこか殺気立った声が、振り返らないまま応じた。
「『穴の老人』(ディスティヤト)だ。生き残りが居たのか」
「『穴の老人』(ディスティヤト)……?」
ユーノの脳裏にラフィンニの話が甦った。
遥か昔、荒廃の世に生を受けた『泉の狩人』(オーミノ)と時を同じくして生まれた『もの』。
「……そういえば、カルキュイを洞穴で拾ったと言ってたね」
「……ああ」
アシャが肩越しに視線を投げてくる。感情の読めない、ひどく昏い瞳の色だ。
「幼い頃は、その能力が目覚めなかったか……洞穴以外で生きて来られたことから考えると……『亜種』かも知れないな」
吐き捨てるように冷ややかな声で続けて、またふい、と前を向いて歩き続ける。
(アシャ…?)
歩みを速めて隣に並ぶ。まっすぐに前を見据えるアシャの目は、何かを考え込んでいるように固い。けれど、その中身を一切ユーノに語る気はない、そんな感じで唇を引き結んでいる。
妙に突き放された気がして、ユーノも視線を逸らせて前を向いた。今度胸に浮かんだのは、出てくる時にもまだ、哀しげに灰色の布を握りしめていた老婆の姿だ。
「……親って、ああいうもの、なのかな」
「ん?」
思わず零した声にアシャが振り向く。
「あ、ううん、あのさ」
問い正されるような視線に慌てて首を振り、けれど、なおも覗き込む瞳に苦笑して、ユーノはことばを継いだ。
「あの人、自分の息子は化物かも知れないって、思ってたでしょう?」
「…ああ」
「さっきだって、あの人を容赦なく馬で蹴ろうとしたのに、あの人」
息子への恨み言を一切言わなかったよ?
「……」
「まだ、心配してた…」
そういうのが、親、なのかも知れないね。
「私は…」
続きかけたことばを、はっとして思わず噛み殺す。
(私の親は、カザドの襲撃があった時、私を前に押し立てたよ)
あの老婆ならきっと、どんなに自分が無力でも息子の前に立ち塞がり、掠れ声を上げても抵抗したことだろう、これは我が子、傷つけさせるぐらいなら、まずこの身を裂け、と。
その差は一体何だろう。
なぜ、自分は護られることなく、降り掛かる刃の前に突き出されたのか。
(きっと……)
『護るに価しなかった』のだろう、愛らしさやいとしさや頼りなさや可愛さや美しさや……他の何か、レアナやセアラにあって、ユーノにはないもの、他の『護られるべき存在』にはあって、ユーノには『何か』が絶対的に欠けていたせいで。
(きっと、私が……何かが…足りなかった、から)
「ユーノ?」
「…うん…」
俯いたユーノに屈み込みかけたアシャが動きを止めた。
「ユーノ」
「ん? ……ああ」
不安そうなアシャの声がふいにしたたかな艶を帯びて、ユーノも気づく。
「そこの女2人!」
ふいに響き渡った叫び声と同時に、ばらばらと周囲に散った人影があった。顔を上げて見回せば、ならず者風の男達が数人、手に手に剣や鎖鎌のような獲物を掲げてユーノ達を押し囲む。
「大人しくしろ!」
「カルキュイの手の者か」
アシャが冷えた声で応じた。女だとばかり思っていた相手がぎょっとした顔になるのに、にっこり艶やかに笑いながらフードを落とす。
「有難い、少々聞きたいことがあった」
「っ、相手は優男とガキだ、殺っちまえ!」
「ガキで悪かったね」
ユーノもにやりとしながらフードを脱いだ。
「そのガキにあしらわれるなんて、かなりみっともないと思うけど」
「るせえっ!」「口先だけだ!」「たいしたことねえ!」
互いを煽りながらわっと襲い掛かってくる男達の罵声を縫って、ユーノの背中を守るアシャの落ち着き払った声が聞こえる。
「殺すなよ」「わかってる」
ユーノはくすりと笑って剣を抜き放った。
「貴様あっ!」「こっちだ」
怒声とともに飛びかかってきた男の剣を、一閃したユーノの剣が払いのける。力を逸らされてぽかんとする相手の体表面すれすれで剣を操り、鞘に納めてみせる。と、そのとたん、すれ違った男の衣服がばらばらと乱れ落ちた。
「ひいっ!」「遅いよ」「うわあっ!」
「ユーノ! 手加減しろと言ったろ!」
衣服を剣一振りで剥がれて逃げ出す男を振り返りもせず、攻撃したものかどうか迷った挙げ句に斬り掛かってきた相手を、再び抜き放った剣で叩き伏せるユーノに、アシャが吠える。だが、そういうアシャも酷いものだ。剣を抜くこともなく、交差するように降り掛かった刃を紙一重で擦り抜け、逃げるどころか逆に相手の懐に飛び込んで手刀一閃、2人を悶絶させ、残りの2人を激痛に跳ね回らせている。「そっちこそ!」
「かな?」
「だよ!」
剣戟ということばが恥ずかしくなるほど、勝敗は一瞬で決した。
「ひ、ひい…っ」
最後の1人になった男がぺたりと尻餅をついたまま、じりじりと後じさりする。怯えた目は、アシャとユーノを、まるで鬼神か『死の女神』(イラークトル)の化身であるかのように交互に見ていたが、恐怖が極まってしまったのだろう、耐えかねたように頭を抱え込みながら叫んだ。
「た、助けてくれっ! オレは知らん! 何も知らん!」
「お前が知っているかどうかは、こちらが決める」
アシャが醒めた声で言い捨てた。静かで変わらぬ表情が、何を考えているか一切読めない。相手はアシャの思惑をあれこれと考えて、さぞかし怖いことだろう。
「聞きたいことがある」
アシャは身を屈ませて男と視線を合わせた。うっすらと掃いた笑みに殺気をちらつかせ、やんわり脅しにかかる。
「答えが返らなければ、『それなり』の手段をとるが……」
そんな『手間』を煩わせるほど馬鹿ではない、と思うけど。
「あ…」
殊更柔らかにぼかした語尾に、男はごっくんと唾を呑み込んだ。周囲で呻いている仲間をちらちらと横目で見遣って、再びアシャに目を戻す。引き攣った顔に精一杯の媚を浮かべて、口ごもりながら答える。
「な、何でも聞いてくれ、何でも」
「そうか。いい子だ」
アシャはにっこりと優しく笑った。




