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アシャがそろりと向きを変えて人混みを抜けていくのに、ユーノも付き従う。人々の歓声が、カルキュイの行く先々で上がっている。
「人気はあるみたいだね」
「恨みも買ってるみたいだがな。幾人か、鋭い目つきで睨んでる奴も居る」
「ふうん……あれ?」
ユーノがもう一度、と背後を振り返ったその時、再びカルキュイの進んだあたりで声が上がった。
だがしかし、今度は歓声ではない。何か騒動が起きたようだ。
行進が行き詰まり、隊列が乱れていく。
「アシャ!」「うむ」
アシャと一瞬顔を見合わせ、ユーノは身を翻した。野次馬達がわらわらと群がり集まっていく、それに紛れて潜り込み、カルキュイの側へ肉薄する。
「トーム!」
何とか先頭集団に紛れ込んで顔を出したとたん、嗄れた老婆の声が切なく響き渡った。
「トーム、おまえ、待っておくれ!」
「ええい、うるさいっ!」
眼前に広がったのは、豪奢な飾りをつけたカルキュイの馬のすぐ前へ、道を塞ぎ身を投げ出すようにして座り込んだ1人の老婆、あちこち縫い当てのある着古した衣服に汚れた裾、皺の寄った顔にとめどなく涙を溢れさせ、すがるように手を差し伸べて馬上のカルキュイに呼びかける。
「トーム…っ!」
「そこを退け! 即位式だぞ!」
「ひ」
吐き捨てたカルキュイの罵声に老婆は真っ青になり息を引いた。
「なんと、なんということを、トーム!」
うろたえた様子で空中に両手を泳がせ、必死に首を振りながら言い募る。
「何を勘違いしておるのじゃ、戻っておいで、今なら間に合う、おまえはこの母の」
「知らぬっ! 知らぬわ!」
「っ!」
叫ぶや否や馬の手綱を引き、猛らせた馬の脚で老婆を蹴散らそうとしたカルキュイに、ユーノが飛び込もうと思わず身構えた瞬間、隣から軽く制された。振り向いたとたん、アシャの手が薄い幻を残して一閃、光を弾いた何かが風を切って空中を奔り、馬の足元に撃ち込まれる。
「、くうっ!」
驚いた馬が棒立ちになり、あわや振り落とされかけたカルキュイがかろうじてしがみついて落馬を防ぐ。
「誰だっ! 誰が今この剣を撃った! 出て来い!」
ざわざわと群衆がどよめいたが、誰も何も見ていない。真側に居たユーノでさえ、アシャの腕がいつ動いたのか、何が放たれたのか見届けられなかった。
護衛の兵士が苛立たしげに地面から小造りの短剣を拾い上げる。細くて軽そうだが、まともに刺されば脅威になる、或いは馬の脚を傷つけるだけでとんでもない暴走を引き起こしただろうと、誰にもわかる。
「誰だと聞いているんだ!」
声を荒げながら周囲を見回すが、視線の先に居るのはいずれも体格のいい男共、もしくはうさんくさげな風体の老翁、アシャやユーノのような『女性』には全く目を留めない。
「さっさと出て来い、出て来ねば」
「もうよい!」
カルキュイが眉をしかめて遮った。道にへたり込んだ老婆を引きずり避ける護衛を振り返ることもなく、
「行くぞ」
冷淡な声をかけて黒いマントを翻し、再び行進を続ける。
「トーム……おお、トーム……何と言うことをしでかして…」
老婆は白髪頭を振りながら泣き崩れている。老婆とカルキュイ、しばらくは両者を物珍しげに見ていた人々も、やがてカルキュイの移動に付いて、次第次第にばらばらになり人垣がなくなっていった。
ちらりとアシャを見遣って、ユーノは頷き、老婆に近づく。
「大丈夫ですか、お婆さん」
「何て無体な人達でしょう、お怪我はありませんか」
アシャも寄り添いながら声をかけ、そっと老婆を抱き起こす。
「は…はあ……あの、あなたさまがたは」
「旅の者ですわ」
「お家までお送りします、ねえ、姉さん」
そっと老婆とともに歩き始める2人の背後に微かな気配が動いたようだが、振り返ってもその姿はない。
「あの…」
「さあ参りましょう」
「それから少しお話など聞かせて下さいな」
アシャに続き、ユーノはにっこりと老婆に笑いかけた。




