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政治に興味を失って、隠遁生活を送っているとされているアギャン公の跡を継ぐカルキュイ、という男が、正確にはアギャン公とどういった繋がりのある者なのか、知っている者はほとんどいなかった。
「カルキュイ様か、さあなあ、いつ頃からだったかな、よくお見かけするようになったのは」
「数々の公式行事にアギャン公と同席されていたな」
「グードス様は『銅羽根』の長としてお忙しかっただろう?」
「若いぞ。グードス様より若いかも知れぬな」
人々の噂は、カルキュイが何者なのかというところで霧散していく。不可思議な即位も、諸国の乱れを思えば、グードスと並んで有能な指揮官が居れば、なおよし、というあたりで納まってしまっている。
「何より、アギャン公が推されたと聞くぞ」
「グードス様も異を唱えることはなかったとか」
「グードス様にも信頼厚い方なのだろうな、やはり」
即位式のために、目の前の大通りを、多数の騎馬を従えて行進していくカルキュイは、明るい栗色の髪をしていた。アギャンの風習に従って、成人男子の常、鼻梁の上は長めに、額の両端は短めに切りそろえた短髪を風に立て、一際野心的な焦げ茶色の瞳を輝かせて周囲を睥睨していく。
「ふうん」
「どう、アシャ」
人混みの中で目立たぬように背伸びしたユーノが、隣で深草色のマントを体に巻き付け、女性用の留め具で肩にまとめたアシャに問いかける。
「『運命』じゃないようだな」
カルキュイ様、と女性達が慕わしげに声を上げ、さすがにそれは嬉しかったのだろう、瞳の光を和らげて手を振る青年は、確かに猛々しくはあるが禍々しい気配はない。護衛の兵士を苦もなくあしらう辺りも慣れたものだ。公式行事に参列していたというのも、噂だけではないのだろう。
「あの野心的な目は気になるが……『運命』の影はないな」
そういうアシャも随分鋭い目を向けている。誰かがアシャを眺めていたなら、それこそ、一癖ありそうな不穏な輩と思われかねない。
それでも長い睫毛が影を落とす、その横顔は隙なく整って綺麗だった。
(どうして、あんな夢を見たんだろう)
ユーノはぼんやり思い出す。
一昨日の夜だった。ユーノはとてもまろやかな甘い夢を見た。
アシャに抱かれて温められ、唇を髪に受け、そっと耳までついばまれたような。くすぐったいような切ないような、思わず漏らした自分の声まで蕩けそうに甘くて、我ながら恥ずかしいほどだった。
目覚めれば、確かに隣でアシャは眠っていたが、それこそまるで子どものような無邪気な寝顔、欲情に濡れてはいなくとも、見惚れるには十分で、すぐには起きてしまいたくなくて、息を潜めて寝たふりをして、しばらくじっと見つめていた。
(そんなことが、あるわけないのに)
これがよく聞く欲求不満というやつか。
そう気づいて、なおさら恥ずかしく、思わず熱くなった顔を伏せて、唇を噛んだ。
(私はアシャの唇を受けたがってるんだ、きっと)
抱き締められて、囁かれながら、繰り返し優しい唇で愛されたいと願っているのだ。
(みっともない、なあ)
体の内側がとろんと揺れているような感触をまた思い出して、また少し顔が熱くなった。
(そんなこと考えてるなんて知られたらどうしよう)
息を殺してじっとしていて、それでもどこかうっとりと、アシャの温もりに浸っていた……。
「……しかないな、ユーノ。…ユーノ?」
「えっ」
はっとして振り仰ぐ。
「何、ごめん、聞いてなかった」
「ああ、この人出じゃ、何とか公宮に入るしか、カルキュイの身辺に近づけないなと言ったんだが……どうした?」
「え、何が」
「顔が赤いぞ。熱気に当てられたか?」
「何でもないよ」
「しかし」
「何でもないって!」
「あ…ああ」
伸ばされかけた指に慌てて体を引くと、アシャが訳がわからないと言った顔でユーノを見下ろしている。
「そう、か」
「そう、だよ。あ、私もフードしっかり被っておくね」
ユーノはなおも不安そうに空中に指を浮かせたままのアシャから目を逸らせ、フードを引き下げた。
「モスも周囲に居るかも知れないよね」
これだけの人出、しかもカルキュイが万が一モスと組んでいるのなら、表立った護衛とは別に、密かに守りを固めているかも知れない。その中には『星の剣士』(ニスフェル)の名を知っている者が一人二人はいるだろうし、中には戦場でユーノと相対した者も居るかも知れない。
今のユーノは『女装』していて、多少姿形が変わっているが、それでも用心に越したことはないのは確かだ。
「とにかく公宮に入る算段にかかるか」
「わかった」




