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ユーノは改めてまじまじとベッドを見つめる。頑丈そうな木組みのベッド、確かにやや大きめで載せられたマットも2枚の上掛けも、こんな宿屋にしては十分ふっくらとして余裕がある。だが、いくら大きめとは言え、ユーノとアシャならどうしてもぴったりくっついて眠るしかないだろうし、シーツと同じく荒いざらしたカバーのかかった枕が2つ、無理矢理に並べられているのを見ると、ユーノは居たたまれなくなった。思わず顔を背けて、主人を振り向く。
「だってこれじゃ!」
「大丈夫、しっかりぎゅっとね、それで何とかなります、じゃあね、じゃあね」
慌てて文句を言い立てようとしたユーノを有無を言わさず笑顔で封じ、主人は素早く部屋を滑り出て消えていってしまった。
「ちっ」
アシャが忌々しげに舌打ちする。
「さっきの意趣返しか」
とんだ喰わせ者だな。
つまりは遠回しに今夜どうだいと誘いをかけた女が、すげなくさらりと断ったので、本当ならば2つベッドでそれぞれに休めるところを、理由をつけてベッド1つで窮屈に寝させよう、ということらしい。
「私、何とかもう1部屋、ううんっ、もう1ベッド頼んでみるっ」
「やめとけ」
アシャが溜め息まじりにベッドに腰を落とした。
「もう1つベッドが欲しいなら自分のところにあるとか何とか、妙な誘いにすり替えるに決まってる。それに、あんまり騒いで怪しまれるのもまずい。目立つとこの後が動きにくくなるだろ」
「でも…」
「俺が床に寝る」
言うが早いか、アシャは立ち上がって上掛けを1枚引きはがし、敷物の上へ投げ出した。
「でも、アシャ!」
ユーノは慌てて首を振った。
「そんなの、疲れが取れないよ」
「俺のことより、自分の肩を気にしろ」
有無を言わせぬ口調で返された。
「今夜だけでもいい、ちゃんとベッドに寝ておけ。俺はここで」
「もし」
「っ!」
唐突に扉が開いて、ユーノとアシャは思わずことばを呑み込んだ。灯皿を手にした主人が部屋を覗き込み、訝しげに眉をひそめる。
「新しい灯皿を……おや……そんなところに上掛けが落ちてましたか?」
「え、いや、その…」
「汚れてしまったかな。ああいや、大丈夫そうだ、敷物の上でよかった」
アシャが放り出した上掛けを拾い上げ、ことさら丁寧に見える仕草で埃を叩き落とし、ばさばさと振ってベッドに戻す。
「誠に相済みません、しかし、掛け物ももう予備がなくてね、申し訳ないがこれでお許しを。何なら宿代を少しお安くさせて頂きますから。それじゃあ、ごゆっくりお休み下さい」
愛想良く笑って、何も気づかぬ顔で主人はとことこと部屋を出て行った。扉が閉まり、なおも待って、階段を下りる音がし始めてから、アシャがようよう溜め息を吐く。
「やれやれ」
遠回しな嫌みたっぷりだな。
「だね。けど、とにかくアシャはこっちで寝てよ」
今度はユーノが先に掛け物を剥ぎ取った。勢いよく床に放り出しながら、
「でないと、私が落ち着かないし、それに私はレノとかの背中で寝てたろ、どうせならこういうふかふかベッドよりは、いっそ床の方がいいんだって」
「待てよ、それなら」
「もしもし」
「!!」「っっ」
今度は確かに、音もたてずにこっそりと開けられた扉から、あまりにも白々しい声と一緒に興味津々の主人の顔が突き出された。
「失礼しました、さっきの灯皿の横に……おや、また何か?」
床に放り出された掛け物を間に睨み合うような2人を交互に眺める。
「どうしました、また掛け物が落ちてましたかな」
「え、いや」
「それが虫が」
アシャがにっこりと笑って掛け物を拾い上げ、不安そうに掲げてみせる。
「妹が眠ろうとしたら、急に黒いものが走ったように見えて、ねえ?」
「そ、そうです、ええ」
振り返るアシャにユーノも急いで頷く。
「虫かな、何か不気味な影が」
「ほう不気味な影」
「この子はこう見えても臆病で」
「さっき落ちた時に何かついたのかも知れませんな。階段のあたりで払ってきましょうか」
「いえ、もう大丈夫でしょう。お騒がせいたしました」
警戒した顔で掛け物に手を伸ばそうとする主人に首を振り、アシャがしとやかに笑い返す。
「ところでご主人の方の御用は」
「いや、私としたことが、灯芯の予備をこちらに忘れていないかと思いましてね。ああどうやらここにはないようですね。失礼しました、どうぞごゆっくりお休み下さい、今度こそ、ごゆっくりね」
頬笑み返した主人の目の奥に、今度は確実に疑いの光が浮かんだ。扉を閉め際にちらりとこちらへ視線を投げてくる目は、もう笑っていないようだ。遠ざかっていく足音、やがてさっきと同じく階段を1段また1段と降りて行く。
「まずいな」
アシャが低く唸った。
「疑われたな」
「うん…」
ベッドの上に投げ出された上掛けに、ユーノは渋々頷く。
「あの分じゃ、何やかやと理由をつけて、もう1回確かめに来かねない」
「そうだね」
「………仕方ない」
吹っ切るように嘆息一つ、アシャは緩やかに瞳を動かし、ユーノを捉えた。
「一緒に寝るか」
「う…ん」
「先に入るぞ」
ふ、と灯皿の明かりを吹き消したアシャの影が、外の宵闇に満ちる街の明かりに浮かぶ。さりげなく上着を脱いでベッドへ潜り込む姿にどきりとする。
アシャの言い分はもっともだ。これ以上不審な動きをしては目立つし、1日あちこち聞き回って疲れてもいる。しっかり休んで力を蓄えておかなくてはならないだろう。
しかたない。
小さく溜め息をついて、ユーノもとりあえず上着を脱いだ。入り込んで身動きしないアシャの隣、掛け物を捲ってそっと滑り込む。
入ってみるとベッドは予想以上に狭かった。上掛けこそ2枚あって取り合う必要はないが、体を触れ合うまいとすると、ベッドの端のぎりぎりのところで引っ掛かるように横になるしかない。
すぐ側に柔らかな熱気を感じる。怪我をした時や身動き取れない時以外で、これほど近くに寄り添ったことは滅多にない。汗や埃ではなくて、どこか甘い温もりの匂いに無意識に引き寄せられそうになって、慌てて体を端へ引き寄せた瞬間、
「っ」
失敗した。治り切っていない左肩をまともに圧迫するような形になって、痛みがみるみる広がってくる。




