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「ユーノ?」
「…」
「ばか、怪我を下にする奴があるか」
体を竦めたユーノに気づいたアシャが、低い声で叱りながら手を伸ばしてユーノを抱き取った。くるりと向きを変えさせられる。まるで小さな子どものように、アシャの腕の中で一回転して、そのままアシャの胸に静かに深く抱き締められる。
「!」
目を閉じた。ベッドの端で身を竦めて痛みを堪えて横になっているしかないと覚悟したのに、柔らかく温かく抱きとめられ受け止められる。瞬間どきりと弾けた鼓動が、そのまま走り出していくのかと思ったが。
「……」
すう、と静かな吐息が髪をくすぐって、ユーノはおそるおそる目を開けた。向きを変えさせた瞬間は、ユーノをしっかり抱いていた腕が緩み、見上げるとアシャは目を閉じて安らかな寝息を立て始めている。
「…………」
しばらく待ったが、アシャが目を覚ます気配はなかった。穏やかで優しい吐息がゆっくりとただ繰り返される。
「……なんだよ…」
思わず小さく呟いてしまう。
「ばかはどっちだ」
(私がどんな気持ちかも知らないで)
この一瞬に何を期待したか、きっとアシャは考えもつかないだろう。
ずきりと痛んだのはきっと肩よりも心の方だ。この腕を求めてはいけない。この温もりを望んではいけない。ずっとそう言い聞かせて堪えてきた。それが目の前に差し出されても、やっぱりそこには何も無いのだ。
(姉さまのものなんだ)
目を閉じ、深く胸の底にことばを吐く。
(この腕は、私のものじゃない。ただ今ちょっと借りているだけ、なんだ)
それでも、いつの間にか左肩の痛みが消えていた。不安定で落ち着かなかった気持ちが静かに納まっていた。触れ合った部分は衣服を隔てていても、その内側の熱を伝えてくれる。きっと、互いに。
けれど。
(アシャ…残酷だ)
眉を寄せて唇を噛んだ。
互いに熱を伝えていても、アシャは目覚めない。アシャからどんな動きがあるわけでもない。それはたった1つの厳しい現実を伝えてくる。
(こんなに温かくても、あなたは姉さまのものなんだね)
優しいから、温かいから、錯覚してしまう、ユーノにも何か近づける術があるかのように。たくさんの可愛らしい少女には及ばなくとも、それでも自分に一瞬向けられる想いがあるのではないかと。
アシャの寝息は乱れない。熱が籠ることもなく、心の揺らぎに速まることもない。
(こんな想いをするぐらいなら、やっぱり男に生まれた方がよかったな)
かすかに微笑んだ。
(男なら、ずっとアシャについていける。姉さま達も護れる。きっとこんな想いもしなくて済む……どうして女になんか生まれちゃったのかな)
男まさりの娘は幾人も居る。けれど、それらのどれほど勝ち気な娘でも備えている、最後の一線では心を震わせ手を伸ばし、庇いたくなるような何か、それを自分は失っている。ずっとそう思ってきた。
(慣れてるのにな……こんな想い…慣れているはずなのに)
それでも時々、心の奥からこんな時に甦って、嵐のように魂を揺さぶり、胸を切なく苦く滲ませる。
(できそこない、なんだ……きっと)
いつも必死に頑張っている。出来る事を出来る限り、伸ばせる限りの手を伸ばし。なのに、いつも何かが根本的に決定的に足りなくて、最後の瞬間、こうやって指の間から擦り抜け落ちる砂のように、願いがただの一粒も引き止め切れずに落ちていくのを、唇を噛んで見守っている。
(だって他にどうすれば良かった? 何ができた?)
ユーノだって助かりたかった。救われたかった。
(けど……誰もいなかったんだ…)
自分の他に、誰も。
強く固く歯を噛み締めて丸くなったその瞬間、ふ、と再びアシャの寝息が髪を掠めた。
(アシャ…)
繰り返し、吐息が髪に触れ続ける。ぼんやりとそれを感じているうちに、きりきりと捩じれていっていた心がゆっくりと緩むのを感じた。
(左肩は…痛くない……)
体も寒くない。
呼吸もできる。
「ふ…」
空腹でもない。喉も乾いていない。周囲に刃があるわけでなく、今ユーノに望まれ求められているのは眠ることだけだ。
(あたたかい…)
ほう、と息を吐いた。体から力が抜ける。
アシャの腕に身を委ね、アシャの熱を受け入れ目を閉じていると、このままどこへとも知らぬ、けれどこのうえもなく優しい闇に溶けていきそうだ。
(うん……あたたかい)
ユーノはその感覚を抱き締め味わった。
四肢の先が熱にゆっくりと蕩けて、体の内へ内へと流れ込んでくる。やがて心の芯まで蕩けていって、うっとりと温かくどこか甘酸っぱい流れに変わっていく。
それは今まで味わったことのない不思議な感覚だった。
自分が、アシャが、ではなく、自分とアシャの境が薄まり消え去り解け合っていく。狭苦しいベッドに2人居るはずなのに、なぜだろう、体が自分の境界を越えてどんどん緩んでいくようだ。
広がる。静かに穏やかに。
(きもち…いいな……)
ユーノはいつの間にか深い眠りに誘い込まれていった。




