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「アギャン公が裏切っていたとしたら、分領地内に視察官や他の『羽根』に入り込まれては困るだろう。……もっとも、モス兵士を警戒してのこと、と返答があっても疑いは同じだ。『どうして』アギャン公がモス兵士の侵入に気づき、なおかつ、『どうして』『氷の双宮』への報告を怠っていたのか、という話だからな」
「ああ…そうか」
ラズーン外壁の内側で、モス兵士の侵入を警戒するなどということは、外壁の守りを信頼していれば起こるはずのない考えだ。そういう危険性があると考え、実際に見張りを立てる、それもどう見ても急ごしらえの下級兵を見張りにしたてるほど慌てて、となると、何らかの確証あってのことだろう。
地表に見える外壁が破れておらず、『羽根』の守りも同様ならば、モス兵士が『どうやって』ラズーン内に入り込めたのかという疑問が残る。宙道の出口がラズーン外壁内にあるという情報は、情報通のセシ公でさえ知らなかったこと、それを『どうやって』アギャン公が知り得たのか。
「…やっぱり、アギャン公が…」
裏切っているってことなんだね、とユーノが唇を噛むと、アシャは首を振った。
「可能性はもう1つある。あの見張りは、アギャン公分領地から『誰か』を外へださないためのもの、というやつだ」
周囲には次第に人通りが増え始めていた。アシャはフードをなお深く降ろす。
遠方からの荷を売り買いする声、旅人を誘う宿の主人、あちらこちらへ脚を止める遊山客と商売人。談笑と喧噪はどこでも見られるものだったが、気のせいか、どことなく暗く不安そうな表情が、笑顔の影に、品物をやりとりする顔にちらちら掠める。
「『誰』を外に出さないんだろう」
「一番高い確率は、アギャン公その人だな」
アシャは声を低めた。
「表向きには、政治に倦み疲れて世捨て人となり、隠遁生活を送っているということになっているが、その実、何者かに密かに監禁されているのかも知れない」
ここしばらく、アギャン公の姿を残りの大公の誰もが目にしていない。
「…一体,誰に?」
「そこのお二方!」
ふいに呼びかけられて、思わずユーノは立ち止まった。
まさか密かに交わしていた話の内容が漏れ聞こえていたのだろうか。見張りと同じく、アギャン公に絡む密偵が街のそこここに耳をそばだて、出入りする者の会話を素知らぬ顔をして聞き取っていたのだろうか。
「もし、どうぞ!」
「アシャ…」
「…」
アシャも歩みを止め、ゆっくりと振り返る。いざとなれば大立ち回りも辞さぬつもりなのか、静かに被っていたフードを引き下ろして相手を見やる。同時に、相手がほぉおおと深い溜め息を漏らした。
「こりゃあこりゃあ、見事なお人だ!」
見れば色鮮やかな装飾品を並べ立てている平凡な店、のっぺりとした顔に満面の笑みを広げて男は両手を広げて見せる。
「まあまあ見てお行きなさい! この耳飾り!」
ユーノは素早く周囲を伺う。他にユーノ達に対して動き出す者はいない。殺気も鋭い視線もない、今のところは。アシャは静かにマントの内側に腕を引っ込めている。次にマントが閃くときには、目の前の男の首が、あるいは飛びかかってくる数人の手足が空中に散っているはずだ。だが、
「あんたのような背の高い御婦人にはいろいろ引っ掛かりもあるだろうが、まあこの耳飾りをつけておきゃ、男だってふらふらしますぜ!」
「っ」「…く」
アシャがうんざりした顔になった。ユーノは思わず吹き出しかけたのを堪える。
事前に聞いてはいた、アギャン公分領地では女性は小柄な方が美人とされ、そういう意味でもアシャは注目されにくいだろう、と。
どうやら店主は、途方もない美人ではあるが、高い背で困ることもあるだろう、男の目をごまかすには装飾品が手助けになる、そういうつもりで気を引きにかかったらしい。
「……」
アシャは半眼になったままくるりと身を翻した。フードをばさりと被り大股で歩き出す。
「おいおいそんな歩き方しちゃ、余計に男が寄ってこねえよ……おい、あんた、姉さんなのかい? 身内ならちょいと意見しといてやんなよ、なあ」
「…わかった。ありがとう、ちゃんと言い聞かせとくよ」
「全くだ、もったいねえよ、姉さん!」
心配そうに呼びかける店主に手を振り、くすくす笑いながらユーノはアシャの後を追った。




