2
「っ」
こいつは違う。決して女なんかじゃない。ましてや、見かけ通りの小僧でもない。だが、百戦錬磨の兵士ではないし軍人などでは無論ない。世間擦れした、わきまえを知らぬ、知ったかぶりした生意気なガキだ。
「それはどうも」
ことばに続けて、くすりと軽く笑った、その声に自制が切れた。目を剥き、構えた一瞬で剣に手をかけ、相手を睨みつける。仲間2人とやりあっても時には勝てる腕だと知らぬ輩に、教えてやることなど決まっている。
「愚弄する気か」
最後通告に『妹』は奇妙な顔になった。あえて言えば、吹き出しそうな、そんな嘲った気配のまま、
「私が?」「うぬっ」
「お待ち下さいな」
一触即発の状況を、さすがに姉が危ぶんだ。しとやかに優しく声をかけてくる。掠れたような甘い声、褥で囁かれれば、なお一踏ん張りできようという危うげな響きに気が逸れた。
「…なんだ」
「お許し下さいな。何もアギャンの兵士の方が、小娘一人に本気になられることはないじゃありませんか」
「……」
おやこれは意外に砕けた物言いだ、と兵士は姉を見やった。もっと取り澄ました女かと思ったが、なかなか話が通じそうだ。続いた妄想に反応したものに、ごほん、と白々しく咳き込む。
「妹も口が過ぎました……ねえ?」
「だって、姉さん」
妹が口を尖らせて抗議するのを、姉がやんわり押しとどめる。
「失礼をしたのですよ」
兵士の方を振り返る瞳は、甘く濡れて誘うようだ。
「お願いです、お許し下さい。まだまだ長い旅ですし…」
「そうか、長い旅なのか」
思わずにんまりと笑ってしまったが、男なら当然だろう。
「では、そう急ぐこともあるまい。俺はもう休憩だ。場所を変えて、今の件について、これからの旅の安全について、少々忠告をしてやろう」
言いながら、妹の厳しくしかめた不愉快そうな顔と、どこか戸惑った、けれど哀願するような姉の顔を楽しんだ。
まあ、いささか跳ねっ返りで手に余るかも知れないが、この際、どうやらこの先女としての喜びを知ることもなさそうな妹の方にも、情けをかけてやっても悪くない。姉が蹂躙されるのを見れば、生意気な妹も世間とはこういうものだと賢くなるだろう。
「……わかりました」
姉の方はちらりと周囲を見やったが、仲間の兵士はもちろん羨ましそうに笑うだけで助けに来ない。休憩時間の借りは返せよ、と叫ぶ奴らがいるぐらいだ。
「では…どちらへ?」
姉は覚悟を決めたようだ。伏し目がちに尋ねてくるのが愛らしい。まあ、近づいてみれば、思ったより上背があるが、それで美貌が半減するわけもない。
兵士に止められている旅人達も可哀想にと囁き合う程度、誰も割って入ったり兵士を宥めたりする者などいない。
「こっちだ。後に付いてこい、何、時間は取らせない、こちらも仕事があるからな」
大人しく俺に従えば、無体な時間は長くない、そう言外に響かせれば、妹の方も神妙な顔で俯いた。ようやく自分の置かれた立場に気づいたらしい。だが、もう遅いのだ、何もかも。
2人の姉妹を侍らせて耽る楽しみで頭を一杯にしながら、兵士は意気揚々と歩き出した。逃げる気配もなく、屠殺場に連れて行かれる家畜のように、2人が黙々と付いてくる。
見張り小屋から離れて少し行った街外れには、こういったことのお誂え向きの宿屋が幾つもあった。そこの主人は何も言わない見ない聞かない。鼻薬さえ必要がない。扱いの惨さに心を失った女を手元に置いて客に供する、それだけで満足してくれる。兵士もたまにはまともに泊まって、女達と一夜を楽しむ。それで持ちつ持たれつだ、それに…。
「あ、の…」
「うん?」
火照る体を弾ませていた兵士は、静かに声をかけられて振り返った。マントを心細げに体に巻き付け、フードの影から姉の方がそっと囁く。
「私は……ここの方が…」
「え?」
指先でそっと示されて、実は少々驚いた。大岩が重なった茂みがある。道から少し入り込み、倒れ込んでしまえば確かに見られることもない。けれど声は聞こえるし、何せ野天だ、誰かが駆けつけてくれば、あられもない姿を晒す羽目になる。へたをすれば、なお酷い目に合うかも知れないのに。
「…結構好き者だな。……商売女か?」
「……まさか…でも……そうだとしたら……お嫌…?」
姉がフードを軽く上げて微笑んだ。低く響いた笑い声が耳に届いてくらりとする。妹はさっきの勢いはどこへやら、逃げ去る様子もなく、ただただじっと側に立っている。姉がするりと大岩の向こうへ姿を消すのに、兵士は鎧帷子に手を掛けた。
「よ、よし、待ってろよ」
仲間が良からぬ気を起こさないとも限らなかった。鎧を脱ぎ捨て、短衣の紐を解きながら、大人しく体を晒そうとしている姉を追って大岩の後ろに回り。
「……え?」
ぼぐっ、という音は頭上で重々しく響き渡った。




