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ミダス公分領地とアギャン公分領地は、『狩人の山』(オムニド)の雪解け水と雨水を集めて海へと流れる『白の流れ』(ソワルド)の支流の一つ、ファスン川で区切られている。川は幾つかの橋ー素材は木や石など、形もまた様々だったがーで跨ぎ越され、双方の行き来ができるようになっている。
それぞれの橋のアギャン公側の小屋には、ミダス公側と対照的に、傍目にも物々しい見張りが詰めていた。屈強な体を濃い灰色の短衣と赤銅の板を綴り合わせた鎧を着た男達、手持ち無沙汰な顔で通りがかった旅人をあれやこれやと理由をつけては止めている。
「ほう…」
中の1つで、他の橋同様に旅人を検問していた男が、ふと目を止めて溜め息まじりの声を上げた。
「これは…これは……」
軽く首を振って呟き、我に返って、額の中央を長め、両端に向かって髪の生え際辺りまで短くした前髪を急いで手櫛で整える。小さく咳払いして、腰の剣をよく見えるように位置を直すと、近づいてくる人間を待ち構える。
「来い来い…」
ちらりと周囲へ向けたのは警戒の視線、せっかくの獲物を奪われては困ると思ったからだが、幸い、仲間達は裕福そうな家族連れに絡んで言いがかりをつけるのに忙しく、こちらには注意が向いていない。
「極上じゃねえか」
くく、と喉の奥で笑い声を漏らしながら、もう一度相手を眺めた。
ミダス公分領地側から石橋を渡り、アギャンの見張り小屋に近づいてくるのは2人の姉妹だった。妹はどうでもいいが、姉の方がこれまで見たどんな女よりも美人だ。深草色のフードつきのマントをすっぽり被っているが、その下から真昼の陽射しに照り輝く黄金の髪が零れている。滑らかで吹き出物一つない額には細い輪、それと対になった飾り輪で前髪を上げているから、陽の光を浴びてきらきらちらちらと不思議な色合いに揺れる、宝石さながらの紫の瞳がよく見える。通った鼻筋を追いかければ、淡い輪郭から内側に向けて急に深みと鮮やかさを増す紅色の唇に導かれる。最近の娘はやたらと色濃くべったりと口を描きたがるのに、化粧も碌にしていないような顔に膨らむ薄紅の唇はきっと生来のものなのだろう。艶やかな頬の線が一つに結ばれた顎、おとがいを摘んで持ち上げてやったら、どんな顔で拒むのだろう。それとも意外に笑み綻んで、待っていたとばかりにこの腕に崩れるか。
「へへへ…」
いささか重くなる下半身を笑ってごまかし、目の前をゆっくりと会釈して通り過ぎようとする相手を呼び止める。
「ああ、えーと、ちょっと待て」
「え?」
できるだけむっつりとした顔で前へ進み出ると、先に通り過ぎかけていた妹の方が、小柄な体を素早く振り向かせ、こちらを見返してきた。
「ふうむ」
思わず唸ってしまう。
これは本当に1人の母親が産み分けた姉妹なのか。焦茶の固そうなぴんぴんと跳ねる髪がフードに納まりかねてはみ出している。額に嵌めている透き通った水晶のような輪は確かに逸品だが、あまりの美貌の差に親が憐れんで与えてやったのか。黒い瞳も潤った視線というよりは、きつく荒々しく、こちらの胸の内を貫きそうな意志がある。
いや、待て、と兵士は考える。こいつはひょっとすると男が女装しているのかも知れないぞ。美しい姉の一人旅を危ぶんで、けれど明らかに従者付きの旅となれば良からぬ輩に金目当てに絡まれるから、あえて少年を女装させて随行させているとか。
「何ですか」
訝しげに眉を潜めて問いかけてきたのは、やっぱり『妹』の方だった。慌てた様子もなく、けれど隙なく姉の元へ戻ってくる足取り、無意識に相手の腰に剣を探してしまうような気配に、兵士は僅かに緊張を取り戻す。
「いや、その、何だな、どこへ行くのか、聞こうと思ってな」
「どうして私達だけ?」
「む」
こちらの方が上背もあり、武具防具も備えており、しかも明らかに理不尽な接近なのに、『妹』はうろたえもしていない。淡々と問い返されて、逆にこちらが狼狽する、まるで下心を見抜いてでもいるようで。視界の端で家族を問い詰めていた仲間が包囲を緩める、こちらの獲物に気づくかも知れない。姉の方がフードの影から笑みを浮かべて、自分と『妹』のやりとりを見つめているのも気になる。
「そんなことはどうでもいい!」
思わず荒れた声になった。
「女2人というのが珍しいから心配してやったのだ、物騒な世の中だからな」
「物騒……?」
兵士のことばを繰り返した『妹』が、不敵な笑い方をした。




