18
暮れ落ちていく陽をこの手で掴んで引き戻したい不安、また刺客に狙われる夜が来ると息を詰めて横になる寝床、怖くて辛くて歯を鳴らしながら、それでも背中にレアナやセアラがいると思って退けないままに歩む足。傷の傷みに呻くまいと耐え続けながら、一瞬だけでいいからと必死に探す誰かの腕、捕まえたと思えばいつもいつも幻で、あり得ないと言い聞かせながら、いつかは誰かが大変だったねと呼びかけてくれると願って、何度も何度も絶望する。
夢の中で繰り返し殺され続けて、飛び起きても温もりもなく吐息もなく、ただべたべたと血に濡れた体を必死に1人拭き取る闇。
(想像さえつかないだろう、だって…?)
欲しかったのは、美しいドレスでも、高価な贈り物でも、珍味を選りすぐった食卓でもない。傷みに悲鳴を上げれば抱えてくれる腕、それでなくても、今はただ泣いていいと許してくれる無言の背中。
どれほど望んだことだろう。
(大丈夫だよと、笑う顔)
「お覚悟!」
キンッ!
飛びかかってきたジノの剣を、本能的に受け止めた。
(私は、生まれてきてはいけなかったんだって、だから、こんなに苦しくて痛くて辛いばっかりなんだって)
そう思い定めた時に見上げた、星満ちる空は、本当に健やかに晴れていた。
(ならば、どうしたらいいんだろうって)
どうしたら死ねるんだろうって。
どうしたら、この無用な命を処分できるんだろうって。
(だから)
大切な人を、守るために。
(そのために)
使い尽くしてしまえばいいやって。
「ユーノ様ぁっ!」
立て続けに飛び込み攻撃してくるジノの切っ先を、繰り返し受け流し、払い流し、体から逸らしながら、ユーノは無意識にあの夜の空を探して視線を彼方に向けた。
「手加減は無用ですっ、どうぞ本気で…っ!」
「ジノ…」
必死に叫ぶジノにあの夜の自分が重なった。
大事なのだ大事なのだ大事なのだ。自分の命はほんとに意味なくちっぽけで、守るべき相手の命の方がうんと大事で大切でかけがえなくて。
だからカザドを挑発してさっさと無駄な命なんか終らせたくて。意味ない命だけどそれでもあの子は私達のために頑張ってくれたと思われたくて。
せめて、自分がどれほどあなた達を愛していたかは示したくて。
(ああ、そういうことか)
ふいに瞳から零れ落ちた涙に理解する。
(私も、ジノも、おんなじで)
そうやって、自分もまた、大事な命だと叫んでた。
大事な大事なあなた達、けれど、その大事なあなた達を今必死に守ろうとするこの命だって、大事だろう?
誰の同意を求めていたのか。
誰を納得させたかったのか。
(このまま続けちゃいけない)
これは意味がない闘いだ。
「憐憫ですか…っ、ユーノ様…っ、私は本気であなたを…っ」
肩で息を切らせながら、あしらわれる一方の闘いにジノが激怒する。
「違う、ジノ」「あっ…」
ぐい、と頬の涙を擦り取り、ユーノは一瞬の隙に飛び離れた。逃げられると感じたのか、ジノがうろたえた顔で追いすがろうとするのにぱっと手を広げて制止する。
「やめよう、ジノ」
「いいんです、構わないから続きを」
「意味がないよ」
「姫さまは…っ」
「アシャの想い人は、レアナ姉さまだ」
「し、しかしっ」
「証拠があるよ」
「証拠…?」
さすがに一瞬ジノの顔が惚けた。ユーノが長剣を地面に置くのに、困惑しうろたえた顔になる。
「ユーノ様、一体何を」
「立派な証拠がある。アシャが、ううん、どんな男の人だって、私を求めるはずがない、だって」
一瞬唇を噛み、ユーノは思い切った。腰の紐を一気に引く。チュニックに手をかけ、見る間に全部脱ぎ落とす。
折しも、隠れていた月が雲間を抜け、白々とした光をユーノの裸身に注ぎかける、全てを明らかにすると言いたげに。
「あ…っ」
ジノが目を見開いて息を呑んだ。




