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もしユーノを残して出かけ、万が一にもミダス公が再び狙われたとしたら、ユーノは決して大人しくなどしていないだろう。それどころか、ミダス公とリディノ、レスファート達を救うためならと、残りの片腕、いや命を賭けて闘うことだろう。
だが左手が使えないということは、単に右手しか使えないということではない。知らず知らずのうちに、体重移動や各種の動きに使っている半身に制御がかかっているということだ。いつものユーノなら切り抜けられても、今のユーノなら代わりに屠られることも十分あり得る。
(そんなことにはさせない)
振り払われた手を思い出す。ユーノの傷をあからさまにしたことで、お前は嫌だとはっきり拒まれたのは理解している。覚悟していたとは言え、友人や仲間にさえ戻れないのかと、不安がしこっているのも自覚している。ならばこそ。
(俺の手は、もう要らないのだと言われるにしても)
アシャはユーノを護りたい。
ことばは封じられている。動きは拘束されている。正直なところ、今アシャのすることで、どれがユーノを傷つけないのか、それさえ自信がない。緩く遠く、非常に大きな囲いとなってでしか、ユーノを護ってやれないのかも知れない。
(あれほど、近くに居たのに)
無意識に自分の掌を見つめていた。かつてユーノを眠らせたことさえある自分の腕。
もしかして、『男』でなければ、側に居られるのだろうか…?
「アシャ、兄さま」
「ん」
リディノに声をかけられ、アシャは我に返った。
「何だい?」
微笑みを返す。
「一度、聞きたかったの」
リディノは強張った表情で続けた。酷薄なほど透明な瞳を、ひたとアシャに据える。ほんの僅かなためらいも迷いも、嘘もごまかしも看破せずにはおかないような、強い光をたたえた瞳。レスファートの目を思い出す。
「兄さまは、どなたか、想う人がおありなの」
「……」
問いの形なのに、問いではなかった。
「答えて、兄さま」
リディノは一歩踏み出した。ぐいと逸らせた額に、残照が弾かれる。
「リディ…」
生半可な答えでは納得しそうにない。かと言って、ユーノへの想いを口にするわけにはいかない。
(答えてしまいたい)
この場で大声で、ユーノが欲しいのだ、と。
「………どうしてだい、リディ」
アシャは目を伏せた。髪をゆっくり掻きあげる。
「……ずっと兄さまに憧れてきたわ」
リディノの声が少し震えた。
「あの日、アシャ兄さまが私の招待を受け入れて下さった時から、ううん、アシャの名前を初めて聞いた時から、兄さまは私にとって、誰よりも愛しい、大切なひとになった…」
白くて細い指が内側の情熱に砕かれそうになるのを堪えるように、ドレスを掴み固く握りしめる。
「そして、兄さまも……私を好いて下さっているとばかり……思っていた……」
アシャは無言だ。リディノが語るまっすぐな恋心を、それが過去形になっているのを意識する。
沈黙が落ちた。
花苑を飛び交っていたブーコが窓辺に近づき、室内から零れ落ちてくる空気に気圧されたように、再び羽音を響かせて飛び去っていく。黄昏の光の中、金の触角がきらきら光る。
「……違う……のでしょう……?」
哀しげな声が呟いた。
「アシャ兄さまが帰って来られてから気づいたの。もう、兄さまは、以前のアシャ兄さまじゃない。私を優しく見つめて下さるその目が……いつも、別の誰かを探している………どなたなの?」
答えを迫られる。
決して答えてはならない答えを、こんな切羽詰まった哀しい声で迫られる。
「…」
一瞬強く奥歯を噛み、アシャは力を緩めた。
「……聞いてどうするんだ、リディ?」
静かな問いにリディノはぴくりと指を震わせた。目を上げると、淡く小さな唇が白い歯に激しく噛みつかれるのが見えた。すぐに唇を解放し、強くかぶりを振りながら、
「わか、らない、でも」
振り仰いだ目はやはり強い。
「知りたいの」




