↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 5  作者: segakiyui
3.魔手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/131

14

(そう、もし、レアナなら)

 リディノの胸の奥底で、密やかな声が囁く。

(アシャ兄さまの想い人がレアナなら、きっと私も諦められる、でも)

 もし、ユーノなら。

 息を詰めて見守るリディノの前で、アシャの中に何か激しいものが膨れ上がり、やがて突然引いていったのがわかった。強張った肩から力が抜ける。ゆっくりと後じさる、まるで足下が危うくなったとでも言うように。

(アシャが)

 あの、アシャ・ラズーンが。

(想い人の名前を告げろと言われただけで)

「…っ」

 それがどれほどの強さで想っているのかを語っているようで、それが絶対に自分には向けられないと思い知らされるようで、リディノはまた足を踏み出す。

 後じさったアシャが俯きがちに背後に手を伸ばし、触れたへッドボードを掴んで、のろのろと視線をベッドに移した。

「………護りたい娘がいる……」

 低く掠れた声がようやく答えた。ゆっくりと動くアシャの唇を目で追い、耳に届くより先に、その内容を聞き取ろうとする。

「その娘しか目に入らない。……自分でも驚いている」

 声が微かにはにかんだ。まるで少年だ、リディノはそう思う。

 あのアシャが。

 氷の微笑を武器にしていた、あのアシャ・ラズーンが。

「もし、その娘が俺の命を欲しがったら」

 声が震えた、まるで初めての夜を過ごしている睦言のように。

「俺はきっとためらわずにくれてやる」

 ああ、違うかな、と優しい声が戸惑った。

「ためらわずに……差し出す…」

(差し出す、ですって?)

 相手が受け取ってくれるかどうかわからないから。そういう気配がほの見える。こんなに優しいことばが、これほど酷く胸を貫くものだとは思わなかった。

「兄さま…」

 何をおっしゃってるの。

「アシャ…兄さま…」

 何をおっしゃってるか、わかっているの。

 ラズーンの娘達がどれほど望んだだろう、アシャのこの恭順を。

 どれほど願ったことだろう、アシャのこの祈りを。

(わかってるの、アシャ)

 どれだけ優しく温かく華やかな笑みを向けられても、ただ1人として、それを受け取った娘などいないのに。

(あなたは、今、こう言ってるのよ)

 俺を愛して欲しい、と。

(一体誰に向けて)

「それは…一体…」

 誰なの。

「アシャ、」

「っっ!」

 突然開いた扉と響いた声に、2人は息を呑んだ。口を噤むリディノ、はっとしたように振り仰いだアシャが、一瞬にして体勢を立て直す。

「あ……ごめん」

 荷物らしきものを片手に入ってきかけたユーノが、驚いたように立ち止まり、向かい合うリディノとアシャを見て取って薄赤くなった。照れたように笑って向きを変える。

「後でいいから」

「ユーノ!」

 アシャの動きは素早かった。リディノの側を吹き過ぎる風、それほどの素っ気なさで擦り抜け、一足飛びに扉を出かけたユーノを捕まえる。

「構わん。何か用だったんだろう?」

 覗き込むアシャの顔は僅かにうろたえている。落ち着かなく揺れる視線はユーノの全身を必死に捉えて、何かを探し出そうとしているようだ。

「いや、全然後でいいんだ、たいしたことじゃないし」

 ユーノは困った顔であたふたと手を振る。

「ごめん、話し込んでるとは思ってなくて」

 だめだな、ちゃんと声をかけなくちゃいけないよね、お里が知れるな。

 恥じらった口調が繰り返しごちる。

「大丈夫だ、もう終るところだったんだし…何か聞こえたか?」

 応じたアシャの物言いも随分だったが、何よりリディノの胸に痛かったのは、今の話をユーノに聞いていて欲しかったという表情がちらちらと見えるあたり、それはリディノを打ちのめす。

 それは、誰なのか、の答え。

(ユーノ、なの…?)

「何も聞いてないよ、そんな礼儀知らずじゃない」

「ああ、そういう意味じゃない」

「聞かれて困る話なら、ちゃんと扉を閉めとけって」

「そういう話じゃないんだ」

「じゃあ、いいだろ、何も聞いてない」

「何も聞いてないんだな」

「しつこいぞ、アシャ!」

 扉でごちゃごちゃやり合う様子、ユーノはあからさまに迷惑している顔だが、アシャはどことなく嬉しそうにも見える。

 どんな形でもいいんだ。

 どんな形でもいいから、側に居たいんだ。

(あなたの、側に)

「……っっっ」

 それは、まるで、アシャに向かう自分そっくりで。

「お、お話がおありよね、アシャ兄さま」

「!」

 リディノの声にアシャが振り返った。

「ユーノに話があるんでしょう」

「…何のことだ」

 背後にユーノを庇うような姿勢、いや違う、リディノの視線からユーノを護るかのようなアシャの姿は既に殺気立っている。まるで、目の前に巨大な怪物が居るように。卑劣な罠があるかのように。見えない剣が引き抜かれている、背中に庇うユーノを護るために。

(私なのに)

 アシャを兄と慕い、ただひたすら無邪気に敬愛を捧げてきたリディノなのに。

(まるで、ユーノを害する敵に向かうような顔!)

 潤み零れ落ちた視界、それでもアシャの表情は揺らがない。冷淡で厳しく、いささかの同情もなく。

「リディっ?」

 逆にその背から部屋を覗き込んだユーノが顔色をなくして声を上げた。

「ちょ、アシャっ、リディが」

「いいんだ」

「、ごめんなさい、アシャ!!」

「リディ!!」

 呼びかけるユーノの声も疎ましく、リディノは回廊を駆け抜けて自室へ飛び込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。