12
「さて」
アシャは旅の荷物をまとめた袋の口を締めた。それから、少々、いやかなりうんざりした気分で椅子にかけられている衣装を見つめる。
深い緑の長衣は艶やかな美しい布で見事に仕立て上げられたもの、着心地もまことに良さそうだ。別にそれには問題はない。問題があるのは、その上に載せられた様々な飾り物、丹念に精緻な紋を彫り込んだマント留め、髪飾り、華奢な銀鎖を複雑に絡み合わせた幅広の帯、落日の光にきらきら輝くそれらは、どれを取っても『女性用』だ。しかも、
「……」
帯を取り上げ、アシャは微かに唇を曲げる。
これらの『女性用』は、本来の女性が身に着ける大きさではない。それとなく意匠を凝らして、大柄で武骨な体が目立たないように工夫されている。つまりは、純然たる『女装用』だと言うことだ。
(こういうものがあっさり手に入ってしまうというのが)
性別を取り替えて遊ぶのは文化の爛熟を示すものだと、どこかの賢者に聞いた気もする。
「兄さま…」
「…リディ?」
薄く開いた扉の外から、おずおずとした声が響いてアシャは振り返った。開かない扉に訝しく近寄り、開け放ってやる。
いつもなら元気よく飛び込んできそうなリディノは、淡いピンク色の薄物を幾重にも重ねたドレスを身に着け、誰もが守ってやりたくなるようなあどけなさ、愛らしさをたたえてアシャを見上げる。
「どうした?」
アシャは微笑んだ。
「…アギャン公のところへ行かれるって…本当?」
控えめに尋ねる口調もらしくない。もっと明るく笑いながら尋ねてきそうなものだが。
「ああ…どうも動きが気になってな」
もっと話があるらしいと察して、体を引いた。滑り込むように距離を詰めるリディノに、部屋の中へ戻ると、相手は後ろ手に扉を閉めた。
「リディ、悪いが」
準備は途中だ。ユーノとも話さなくてはならない。あまり時間を取れないぞ、と続けようとしたところへ、
「……ユーノも一緒だって聞いたんだけど…」
「ああ、そうだ」
アシャは頷いた。
「明日の朝早くに出る。だから今日はもう」
「どうしてユーノなの?」
「え?」
唐突な問いに戸惑った。
「どうして?」
「……どうして、ユーノなの」
言い間違えとか聞き間違えではないらしい。にしても、質問の意味がよくわからない。リディノの表情は強張っていて真剣だ。その思い詰め方を逸らしたくなって、
「一応、あいつは女だろ。姉妹ということでアギャン分領地に入り込むからな。まさか」
思わずくすりと笑った。
「イルファに女装させるのは無理だろう」
レースやリボンに包まれた盛り上がった二の腕を高々と振り上げてアシャを呼び止められたら、それだけでも目立ってしまう。地方巡業の旅芸人か、それともゴスタックの土相撲の女闘士だとでも言い抜けるか。
「シャイラは?」
「彼は『銀羽根』の長だぞ」
飛び出した名前に不審を覚える。リディノは何を言いたいのか。
「連れていくわけにはいかんだろう。俺と違って各分領地にも顔をよく知られているし、それに…女装に耐えられるとは思えんな」
あの生真面目な顔を真っ赤にして、震えながら硬直していそうだ。
「第一、また、いつミダス公が狙われるかわからん」
口には出さないが、遠回しにここは安全ではなくなったのだぞ、と心配を響かせる。
「そのためにもシャイラには残ってもらわないと」
「でも」
リディノはいきなり挑むような光を薄緑の瞳に浮かべた。
「ユーノだって、まだ左手が使えないのよ。アシャ兄さまが、そんな薄情な人だと思わなかった」「だからこそだ」
思わず応じてしまい、アシャははっとして口を噤んだ。
「え…?」
「…ユーノは両手で剣が使える」
一瞬のためらいをするりと言い抜ける。
「左手が使えなくても十分助けになる。今はちょっと無理をしてもらわねば、な」
不審げなリディノに、いささか人の悪い笑みを浮かべてみせながら、胸の奥がちくりとした。本音は胸の中で吐く。
(左手が使えないからこそ、連れていくんだよ、リディノ)




