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『…アシャ……教えてもらってる、あの剣』
『ん?』
『あれは、ひょっとすると、その鮮やかな血の流れを切るために、ああいう動きになってる?』
尋ねた瞬間、アシャは目を見開き、やがて嬉しそうに笑って応じたものだ。
『……ああ、その通りだ。急所を狙うのは剣法としては当たり前だが、あの剣は急所と呼ばれる以外にそこを傷つけると出血がひどくなって動けなくなる場所を狙っていくようにも作られた型だ』
だから、視察官の剣法は通常のものと区別されるのか、と改めて得心がいった。人の体にある2つの流れを見極め、それが体のどの部分で表面に近い場所を走っているのか理解して初めて使えるその剣を、『型』として完成させているから、その知識が全くない者でも『型』を覚え込むことで、その剣を使えるようになる。
『他にもまだあるぞ、神経を麻痺させる場所、意識を奪う場所…』
アシャは一瞬奇妙な笑みを唇の端に浮かべて続けた。
『幻を見せたり、聞こえないものを聞かせたりする場所』
『……ああ……そういうことか…』
『ん?』
『だから、あの剣を使った相手が一瞬身動き取れなくなるんだね…?』
それまではアシャの剣に見惚れているのだと思っていた。その美技に戦いの最中でも魅せられてしまうのだと。
だがそれだけではない。あの剣は、そんな感覚上だけではなく、現実にこの体の動きそのものを奪っていく仕掛けが組み込まれているのだ。
『ひょっとして……短剣、なのも、意味がある?』
『……ああ』
体のあちこちに、どれほどその『場所』があるのかは知らないが、動き回り襲い掛かってくる相手に対して、その『場所』を攻撃するなら、長剣では入り込めない『場所』もあるだろう。短剣で、しかも目くらましの動きを備えて飛び込むからこそ晒される『急所』に敵が気づいた時には、既に全てが終っている。
『全く違う剣、なんだね』
『………そうも言えるな』
単に生き残るために、或いは誰かを護るために磨き抜かれた剣ではない。精神を鍛えたり、身体能力を整えたりする剣でもない。
それは屠殺するための剣。
如何に相手の抵抗を最大限に減じ、如何に自分の体力を浪費せずに短時間に大量の命を奪えるかを目的とした剣。
だからこそ、アシャは、あのモス兵士の大隊を片付けるのに剣で間に合わないと判断した時、宙道に封じるという決断をすぐに下せた。元から『全てを屠る』という判断が織り込み済みだった剣法の遣い手だったからだ。
それは、ユーノが得て来た剣とは全く違う方向の剣だ。
ユーノがあまりにも強張った顔をしていたのだろう、アシャは一瞬瞳を翳らせ、それから苦笑まじりにぽんとユーノの頭を叩いた。
『そんな顔をするな』
誰にでも向ける剣じゃない。
『安心しろ』
ふいと顔を背けた横顔に、ユーノは『狩人の山』(オムニド)を思い出した。その剣を持っても立ち向かうことが容易ではない『泉の狩人』(オーミノ)。彼女らを持ってしても、戦うことに倦むことしかできなくなる『運命』。
ユーノがこれから挑もうとする世界は、何と非情なものなのだろう。
けれど。
思い浮かんだのは、アシャの医術師としての有能さだ。
あの能力はきっと、その剣の遣い手であるということと表裏一体だろう。
だから。
『でも』
『ん?』
『この剣を、もしちゃんと全部身に着ければ』
訝しげに振り向いたアシャの目は、続けたことばに見開かれる。
『どうすれば殺さずに動けなくできるかということも、きっとわかるね?』
『……ああ…』
『どうすれば、傷ついた人を一番早く治せるかということも、きっとわかるね?』
『…そう……だな』
まるで新しい光が宿ったかのようにきららかに輝いた、紫の瞳。
『私はそこまで身に着けたい』
『ユーノ…』
茫然としたその表情。
「ユーノ!」
「っっ!」
呼びかけられてユーノは我に返った。
記憶の中と同じ声が、苛立たしげに唸りながら響く。
「だめだ、逃げられた」
身構えたユーノに、息を切らせながら入ってきたアシャが、うっとうしそうに首を振った。




