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ラズーン 5  作者: segakiyui
3.魔手

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31/131

8

「アシャ!」「うむ!」

 瞬時に体がそちらへ向かって走り出すのは本能と化した戦士ゆえの行動、右手には既に長剣を抜き放っている。そのユーノの側を、これまた全身矢に変えたようなアシャが、影のように付き従って疾る。

 悲鳴がどうやらミダス公の居室から聞こえてきたらしいと察して、ユーノは緊張した顔をアシャと見交わした。

「何があった!」「どこからの声だ!」

 次第にざわめきを増し、次々と灯が点る邸内へ駆け込もうとするユーノの目に、ミダス公の居室の窓から飛び出していく人影が映る。

「アシャ! あれ!」

「俺はあいつを追う! ミダス公の所へ!」

「わかった!」

 人影は追手を確かめるように少し振り返ったようだ。邸内から漏れる灯に、その耳にきらりと耳輪が光り、濃い灰色の髪が浮かび上がる。

(グードス?!)

 ユーノはぎょっとしながらも、そちらはアシャに任せ、屋敷の中へ飛び込んだ。

 脳裏に浮かぶのは、つい先日アシャに所用があると言ってミダス公の屋敷へ来ていた、アギャン公の一子『銅羽根』の長、グードスだ。面長の穏やかそうな顔は時に愚鈍にさえ見えると陰口を叩かれつつも、きちんと『銅羽根』を率いている、そうも聞いた。

 だが、その『銅羽根』の長が何のためにこんな夜更けに、しかも『銅羽根』の一卒も連れずミダス公屋敷に、つまりは『銀羽根』の長、シャイラの領分を侵していたのかとなると、説明は見つからない。

「おとうさま! おとうさま!!」

 悲痛なリディノの声が響き渡る。

「しっかりなさって! おとうさまぁっ!」

「む…」

 唸り声が苦しげに応じる。同時に部屋に飛び込んだユーノは、ミダス公がベッドから掛け物ごとずり落ちたような体勢で、しかも左肩と左の太腿を朱に染めて呻いているのに気づいた。蒼白な顔ですがりついたリディノが、耐えかねたように父親を揺さぶって叫んでいる。

「大丈夫だとおっしゃって! リディを残してなどいかないとおっしゃって!」

「う…う…」

 揺さぶられるたびにミダス公は苦しげに顔を歪めて、足を庇おうとするように体を固める、それにさえ気づかずに、なおも相手を問いつめようとするリディノを、ユーノは一喝した。

「リディ!」

 ぴしりと鞭で打ち据えるように鋭い声で続ける。

「揺さぶっちゃいけない! 出血がひどくなる。ミダス公? 大丈夫ですか」

「う……む」

 激しく叱りつけられて、リディノが体を強張らせて竦み、のろのろとようやく顔を向けた。必死の対応を窘められて困惑し苛立った表情から、ユーノを認めて力が抜ける。

「ユー…ノ…」

「く……曲者は…」

 険しく眉を寄せながらも、ミダス公は襲撃者を探した。揺れる視界を忙しく、ユーノ、戸口、窓と移して訝る。

「アシャが追っています。リディ!」

 ユーノは剣を納め、右手1本で左手を吊っていた三角巾を外した。慌てて手を差し出したリディノの助けを借りつつ、出血の止まらないミダス公の左肩に巻き付け、縛り上げる。

「綺麗な布を持ってきて。それから拭き取り用の布と水も。早く!」

「えっ、あっ…はいっ!」

 うろたえて走り出していくリディノの後ろ姿、ようやく駆けつけた公の側近達が一緒になって走り去る。主の側に佇むユーノを見て大丈夫だと考えたのか、それとも、想像外の事態に怯えたのか。

 厳しい顔でミダス公を振り向き、改めて傷を確かめ、微かな違和感を感じる。

(それほど深くない……毒物を使った形跡もない……)

 左肩と、左太腿。

 夜襲にしては奇妙な場所を狙ったものだ。絶命させるつもりがなかったのか、脅威を与えるだけだったのか。にしては、夜半にこんなところまで忍び込むというのは、踏み込みがすぎないか。

「ユーノ! 持ってきたわ!」

「んっ、ありがとう!」

 思考は戻ってきたリディノに断ち切られた。

 傷の手当なら慣れたものだ。水で洗い丁寧に拭い、用意された布を歯と手で裂き、止血の場所を確認しながら数カ所巻き付けていく。左肩も太腿も、確かに傷は派手で出血量も多く見えるが、傷を拭っていけば創部はすぐに明らかになり、次々と吹き出すような出血はない。

(大きな血の流れは傷つけていない…)

 以前アシャは、人の体には大きく分けて2つの流れがあり、鮮やかな赤い血潮を流し出すものとややくすんだ暗い血を零すものがあると教えてくれた。

『赤くて次々と吹き出す流れは心臓から溢れたものだ。暗くて零れ落ちるものは心臓に戻るものだ』

 前者を傷つけると、血は一気に激しく流れ、すぐに絶命を招く。後者の場合は命を失うまでにいささかの時間が必要となる。

 言われて考えてみれば、一太刀で相手を屠れる時は大抵鮮やかな紅が飛び散っている。逆に何太刀も浴びせなくてはならない時は吹き出す血ではなくて、体を這い下り伝い落ちる出血が多い気がする。


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