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月光は背後から斜めに差し込んでいる。光輪のように輝く髪に縁取られた顔が、影と光に照らされる。少し開いた唇も十分に色をたたえているが、長い睫毛に伏せられた瞳は、まるで紫の泉だ。瞳の底に光が揺れる。きらきらと、今にも消えそうな微かな瞬きは月光を弾いている水面のようだ。
(泣いてる…?)
捉えられる。身動き出来ない。
セレドで初めてアシャから見上げられた時も、その瞳の色の見事さに息を呑んだが、今はもっと、艶やかで濡れている。
この瞳をユーノは見たことがある。
セレド皇宮で、レアナに向けられた数々の視線、自分の手が決して届かない遥かな高みの美貌を見守る目、もし一瞬だけでもいい、レアナの視線が自分に留まったなら、その一瞬に全てを奪おうと欲する目。
「…あ…」
(掴まる…)
違う。
そんなことはあり得ない。
これはきっと、月が見せている幻だ。
しばらくアシャに会えなかった、その淋しさが見せた幻影だ。
「っ」
唇を噛んで目を閉じ、顔を背けた。初めて気づく、胸の鼓動が鳴り止まない、強く激しい拍動が体を轟かせている。
(ばかな)
性懲りもなく、一体何を考えてる。
「……俺を恨んでいるのか」
「え?」
低い声が突然尋ねて振り向いた。
「お前に断りもせず、レアナに傷を見せたことを?」
アシャの瞳がなお伏せられていた。瞳の光が一気に消えた。
「…そんな」
言い澱む。腹が立ったのは確かだ。レアナが身を揉んでユーノの傷を憐れみ嘆くのも苦しい。
だが、レスファートだけではない、シートスもまた、アシャの真意を語ってくれていた。アシャがどんな気持ちで傷を見せたのか、どれほどユーノのことを思いやってくれたのか。
『お前はきっと遅かれ早かれ、姉に傷を見せることになっただろう』
シートスが言い残したことばを何度も考えた。確かにきっとそうだろう。この先動乱が続くなら、いずれレアナの前で怪我をすることも避けられないだろう。
『今この時に知っておく方がいい、そうは思わないか』
そうなんだろう。
きっと、それは正しいんだろう。
でも、双手を挙げて歓迎できることじゃなかった。もっと他に方法があったかも知れない、そうも思っている。
ただ、アシャの気持ちは受け止められる。
(きっと、私のことを考えに考えて決めてくれた)
それぐらいの信頼は、旅の間に培っている。
「そんなことはないよ」
に、と無理に笑ってみせる。
「アシャはボクのことを考えて、やってくれたんだし」
(それに)
たとえ、それが偶然の産物でしかないとしても、アシャを恨めるはずもない。
(私があなたを憎めるはずがない)
たとえこの先、レアナと手を取り合って、ユーノ1人を戦場に残して行ったとしても。
まだどこか落ち込んだ気配のアシャに、急いで付け加える。
「ただ、ちょっとさ…うん、変な感じだったんだ。その、今まで、アシャ以外に見られたことなかったし……」
言いながら、自分がベッドに寝転がって裸を晒しているのを、アシャとレアナの2人が見下ろしているのを想像し、見る見る顔が熱くなった。
「結構傷も派手だし、レアナ姉さまって、ほんと、そういうのは知らないし…」
レアナの肌は乳のように白くてまろやかだ。昔、湯浴みをしていて、その裸身が湯の熱で見る見る薄紅に上気していくのを、無数の白い花が開いて赤い花心を見せていくようだと思って見守ったことがある。
こんなに綺麗なものがあるんだ、そう幼心に感じたものだ。
(私は、きっと)
傷ついた丸太のようだっただろう。刮げ干涸び引き攣れた無数の傷が覆う体を、アシャはすぐ側に居たレアナと比較しなかっただろうか。
(みっともなかった)
改めて意識してみれば、同じ娘の体とは思えないぐらいに。側に佇むレアナがいれば、なおさらきっと。
(嫌だ)
顔だけではない、体全部が熱くなる。どれだけことばを重ねても、アシャの中でユーノの裸体がレアナのそれと比べられていく気がする。
(これ以上、アシャの側に居たくない)
「だ、だから、気にしないでいい、むしろ、うん、感謝してる、シートスにも聞いたし、ボクのこと考えてくれたんだし、あのそれじゃボク、ヒストでちょっと駆けてくるからっ」
あの綺麗な瞳で、もう比べられたくない、頭の中だけでさえ。
(そんなこと、わかってるから)
泣きそうになったのをごまかそうと身を翻した手首を、はっとしたアシャが掴んだ。
「ユーノ!」「やだっ!」
ぱんっ!
掴まれて引き寄せられそうになった気がして、とっさに払った手がアシャの手を叩き落とした。思わず振り向くユーノの目と、アシャの目がまっすぐぶつかる。
「…あ……」
アシャの目が煙っていた。
「ちが…」
首を振って言い訳しかけたユーノに、アシャは微かに笑む。
「……ユーノ、俺は…」
瞳の色が暗かった。隠れた月のせいばかりではない、澄んだ泉に汚物を投げ込まれたような気配を急いで覆うように目を伏せる。
「……すま…」
掠れた声がひび割れて謝りかけた、その矢先、屋敷の中から悲鳴が上がった。
「うっ…わああーっ!」




