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何が悪かったのかと言えば、現実を明らかにしてこなかったことなのは間違いない。ユーノの負担に意識的にせよ無意識的にせよ、甘えてきた周囲と受け止めてきたユーノに問題がある。
『でも、他にどうしたらよかった?』
問い返すユーノの顔が容易く想像出来る。
危険を訴えても理解しようとしない周囲。おそらくは無言の傷みを伝えていただろう出来事も無視され、すがりつこうとしても背中を向けられ、それとなく1人押しやられた強大な敵に向かおうとする時、諦めて、笑って、歯を食いしばって剣を掲げる以外、何ができる。死にたくないのだから、仕方ないだろう、そんなことは簡単なことだと言い聞かせて、圧倒的な力に無謀な刃を向けるしかない。
ユーノの死を織り込み済みの平和。
けれど、逃げられない、護りたくて。
『他に、私に何が出来た?』
両手の拳を握りしめ、胸に浮かぶユーノは尋ねてくる。
『どうしたら傷つかずに済んだ?』
ユーノも、家族も、周囲の皆も。
『どうしたら、誰も泣かずに済んだ?』
犠牲になる以外、何ができた?
(けど、それは間違ってるんだ)
アシャは目を閉じたまま、胸のユーノに答える。
(それはお前を殺していく)
本来の力を歪め、本来の喜びを圧殺し、受け取るべき未来を封じている。
(俺が居れば)
もっと早くラズーンを離れ、もっと早く諸国へ出て、ユーノに出逢っていれば、気づけたかも知れない、何か出来たかも知れない。
(いや、違う)
きっとそれだけでは足りなかった、ラズーンから、未来の責務から逃げ出したアシャでは、きっとユーノをどうにもできなかった。自分の持つ力と在り方を自覚した今だからこそ、アシャはユーノに踏み込めた。
(ああ、そうだ)
アシャが積み重ねて来た全てがあってこそ、今のユーノに踏み込める。レアナやセレド皇宮の無責任さも、ユーノが孤独に一人抱える傷みも、今のアシャにはよくわかる。
「……そうか」
アシャは目を開いた。顔を覆っていた手を外す。
視界がきらきらと眩いもので満ちている。目に飛び込む全てのものが、ふいに鮮やかで見事に美しく見えた。
(俺はようやく見つけたのか)
アシャがアシャとして全てを注いで悔いない場所を。
「……それで、レアナ姫にわざと傷を見せたんですね」
シートスの声が響く。
「そうすれば、ユーノはレアナ姫に怪我をしたのを隠す必要がなくなる」
この先の戦況は厳しくなる。ユーノの力がなくては進まない状況もあるだろう。どれほど無理をさせるとしても、ユーノなしでは世界が救えない時が、ひょっとするとあるのかも知れない。
「レアナ姫は聡明だ。これから先の戦いを見届けようとするでしょう、『星の剣士』の存在を通して」
直接戦いに出かけなくとも、ユーノの傷が負担が姿が、世界をレアナに開いていく。
「…忘れさせんさ」
アシャはちらりとシートスを横目で見た。
「あいつが何を支払っているのか、俺が突きつけ続けるさ」
シートスが戸惑ったように一瞬目をそらせた。だから、そういう顔はするもんじゃないですよ、とぼそりと呟くのに、アシャは苦笑した。
「もっとも」
口調を切り替え、体を起こす。乱れた髪を掻きあげ、これみよがしに溜め息をついた。
「あいつが目を覚まして知ったら大騒ぎだがな」
「相手はしたくありませんな」
シートスはおどけた様子で肩を竦めた。
「あれだけの気性、平原竜を怒らせた方がまだましだ」
「無茶を言う」
アシャはにやにや笑った。一度怒れば一都をも灰燼に帰すという平原竜と比べられる少女など、あってたまるか。だが。
「その『相手』をする俺の身になってみろ」
「だから、思い切ったことをなさった、と言ったんです」
「ああ、だが、それでも」
ふっとアシャは口を噤んだ。続けかけたことばを遮るように酒を含む。
誰が聞いているわけでもない、それでも。
(あいつが苦しむよりはずっといい)
屠られるなら本望だろう、命を賭ける相手なのだから。
揺らいだ視界を伏せて、アシャは無言で盃を空けた。




