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「……うん」
レスファートは唐突に頷いた。
「わかった。ぼく、まってる。ね、リディ?」
未だ納得のいかない顔で体を強張らせているリディノを、今度はレスファートが説得するように見上げた。
「まってるよね、リディ」
「…え…ええ」
リディノがようよう頷き、同時に、アシャを一瞬鋭い瞳で射抜いた後、すぐに目をそらせた。
「アシャ兄さまのよろしいように」
「では、レアナ姫」
アシャはくったりと腕に温みを預けているユーノをそっと抱き直した。
「こちらへ」
「はい」
(さぞかし恨まれるだろう)
これからアシャがしようとしていることは、今までユーノが必死に積み上げてきたものを粉々にするようなことだ。誰に知られたくなかったと言えば、まさにレアナその人であっただろう、その願いを踏みにじることだ。
それでも、それはきっとユーノを救うだろう。この先も、ユーノを救っていくだろう。
ユーノの私室に入り、まだ目を覚まさないユーノをベッドに寝かせる。
(二度と心を許してもらえないだろう)
あれほど求めた、その場所を、アシャは今捨てようとしている。
(俺は)
脳裏に広がったのは暗闇の草原だ。渺々と広がる草波、忘れ果てられた遺跡の側でただ1人、風に穿たれるように立っていたのを思い出した。
(1人に戻る)
湧き上がった切なさが、信じられないほど胸に詰まって苦しかった。
(人ではなく、『運命』でもなく、偶然に生み出された、ただの化物に)
それが、ユーノの無事を願う代償だ。
一瞬眼を閉じて堪え、すぐに何食わぬ顔でゆっくりとユーノの体から服を脱がせ始める。
「レアナ姫?」
「はい」
部屋の隅でじっと待っていたレアナがそっと近づいてくる。
「灯を増やしてもらえますか。手元が暗い」
「はい…」
訝しげな顔をしながら、レアナが部屋の灯を1つ、また1つと増やす。書物を読むには暗いだろうが、手元が見えないほどの暗さではなかったはず、そう思っているらしく、視界の端で、時々不安そうに振り返るのがわかる。
「その机の袋をこちらへ」
「これですね? はい、どう……っ」
指示された袋を持ってベッドに近寄ってきたレアナがぎくりと立ち止まる。体を起こして振り返ったアシャ、ベッドの上にはユーノの裸身が晒されており、増やされた灯にその隅々が照らし出されている。
レアナは細い指で、折れそうなほど強く袋を掴んでいた。瞳は大きく見開かれてユーノの体を凝視している。見る見る青ざめていく顔、薄く開いた口が何かを呟きかけて、慌てたように閉じられる。
「…ありがとう、レアナ姫。こちらにもらえるかな」
「ア…シャ…」
どさり、と袋がレアナの手から滑り落ちた。
「はい?」
アシャは平然と歩み寄り、レアナの足下の袋を拾い上げる。紐を緩めて中身を取り出しながらベッドに戻る。
「アシャ……アシャ……」
夢の中でうなされているように、レアナが立て続けに連呼するのを、アシャは昏い快感とともに背中で聞いた。
「これは……どういうことなのです……?」
「……」
レアナはそれでも近づいてこない。アシャは答えずに歩みを待つ。
「アシャ……!」
悲痛な声とともに、1歩、レアナが近寄ってきた。
「どうして……ユーノが……どうして……こんな傷を…」
一瞬息を引き、数歩歩み寄ってきた、その後でレアナが呟く。
「それほど厳しい旅だったのですか……?」
傷というものを見たことがないのだろうか。怪我をしたことがないのだろうか。治癒と回復にどれぐらいの時間が必要なのかを思えば、この傷では旅など続けられなかっただろうとわかる。それとも、旅の間の傷だと思い込めるほどに幸せなのだろうか。
銀の王族。
全ての災厄から守られてきた存在は、これほどまでに人の傷みに鈍い。
(俺は許さない)
胸の底に燃える赤紫の炎をアシャは眺める。
(ユーノをこれ以上傷つける者を金輪際許さない)
そのためなら、全てを屠る覚悟を決めた、自分自身さえも。




