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「そうだ! 『星の剣士』(ニスフェル)!」
ユカルは今までのことを手早く話した。
「ということで、俺は『星の剣士』(ニスフェル)を残して……アシャ?」
食い入るようにユカルを見つめていたアシャが、ふと何かに呼ばれたように目を逸らせる。釣られて、ユカルはアシャが視線を転じた先を見つめる。
「…」
いつの間にか、背後の土煙はおさまっていた。
一頭の馬が、累々と人の倒れている大地を後ろに、生き残った人間を乗せてこちらに並足で歩いてくる。馬の額には『白い星』(ヒスト)、乗り手の髪が、焦げ茶色のその色を滲ませるように、荒々しくきな臭い風に舞う。
「『星の剣士』(ニスフェル)!」「凄い! 無事だぞ!」
「いや…」
歓声を上げる2人の見張りに、アシャは軽く首を振って馬の向きを変えた。流れるような動きでそのまま馬を駆けさせながら言い捨てる。
「あいつ、気を失ってる」
「え?!」
言われてユカルも気づいた。ぼんやりとこちらを見つめているユーノの目は空ろ、ヒストが方向を外れても正そうとしない右手には、まだ剣が握られている。
「『星の剣士』(ニスフェル)!」
平原竜の向きを変え、ユーノの側に走り寄ろうとするユカルより一瞬早く、アシャが馬を飛び降りヒストに駆け寄る。それと同時に、ユーノの右手に張り付いていた剣が落ちて地に突き立ち、その勢いに引き寄せられたようにぐらりと揺れたユーノの体がヒストから崩れ落ちた。待っていたかのように、差し出されたアシャの腕がユーノをしっかり受け止める。
「『星の剣士』(ニスフェル)!」
平原竜から飛び降りたユカルの前で、アシャは両腕に抱えたユーノをどこか儚い優しい表情を浮かべて抱き締めた。頬をそっとすり寄せる、今にも消え失せる幻を抱くように。この上なく愛しい、この上なく貴重な存在、掠り傷だらけで埃に塗れていようと、これは至上の宝物なのだ、そういう顔で、苛立たしげに甘く呟く。
「ばかが…」
凝視するユカルの胸でちりっと熱い痛みが弾ける。
(何て優しく、『星の剣士』(ニスフェル)を抱くんだ)
敵にあれほど容赦なく振舞う男、その指先一つで世界を滅ぼしかねない男なのに、今見せているこの無防備さはどうだ。
(今襲われたら、きっとアシャは『星の剣士』(ニスフェル)を抱えたまま、刃を背中で受け止める)
闘った方が生き延びられるとわかっている、けれど、今疲れ切って眠り続けているユーノを手放し驚かせるぐらいなら、半身裂かれても黙って眠らせておこうと考えるだろう。
それは理想だ。
守るべき相手に全てを捧げて跪けるのは強者の特権だ。
それほどの犠牲を払っても立ち上がれる自分への信頼と、嘲られ踏みにじられても選んだ道に悔いなどなしと笑える誇りがいる。
(この人は、きっと『星の剣士』(ニスフェル)を守り切る)
ぞわりと背中を駆け上がったのは、恐怖ではない、もっと熱く、もっと激しい、何かだ。
(だから王と呼ばれる、アシャ・ラズーン、と)
「行くぞ」
「あ、はいっ」
アシャはユーノを馬上に乗せ、自分も跨がって再び彼女を抱え込んだ。くたりと崩れるユーノは目を覚まさない。アシャの懐で、まるで巣で安らぐ小鳥のように見える。
慌てて平原竜に戻って、静かに歩き出すアシャの後に続きながら、その速度さえもユーノを疲れさせないように制御されていると気づく。
(何もかも、全て、『星の剣士』(ニスフェル)のため…)
横に並んでアシャの横顔を盗み見る。アシャはユカルを振り向かない。ユーノを見つめ、その呼吸一つ一つに気を張っているのがよくわかる。しかも、それはアシャにとって、密やかな喜びでしかないのだろう、薄く微笑んだ唇はまるで綻びかけた薔薇のように華やかだ。
(俺は…勝てない)
ユカルは顔を歪めて目をそらせた。
(俺にはそこまで捨てられない)
ユカルにはユーノだけではない、もっと違う世界があって、その世界の中に一杯失いたくないもの、大事なものがある。
唇を噛んで額帯に触れる。
(まだ、この先へ進みたい。何があるのか、もっと探したい)
だからきっと、ユカルはアシャには勝てない、たとえユーノを争ったとしても。
「……ふ、うっ」
ユカルは強く息を吐き、空を見上げた。
空は、地上の人々の策謀渦巻く世界を映すように、重い鉛色に澱んでいた。




