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「ああ!」
ガシュッ、と剣を一気に滑らせ革製の鍔を切り落とし、そのまま掲げたモス兵士の腕を斬り飛ばし、返り血から一瞬身を引いたユーノは、跳ね返るような次の一撃で相手を仕留めながら叫んだ。
「見損なってたよ!」
次々と斬り掛かってくる剣を躱しながら続ける。
「計算もできない阿呆だとは思わなかった!」「何いっ!」
「考えろっ!」
また1人、相手を倒して一瞬ユカルを振り返る。
「今、ユカルが見張りの2人に知らせて連れ帰れば、4対90で済むけどなっ」
隙だと見えたのか、あっさり突っ込んでくる兵士の薄ら笑みはユーノの剣先で二つに裂かれる。
「このままいけば、見張りは嬲り殺し、『ボク』らも疲れてきて、そのうち1対50、いや、1対70でやりあう羽目になる!!」
「うっ」
「その前に、アシャ達が来てくれるとは限らないんだぞ!」
むしろ、全てが終るまで来れない可能性の方が遥かに多い。それほど、モス兵士達は均等にいい腕をしていた。新兵を含んでいない、言い換えれば、ある目的のため選りすぐられた一軍ということだ。
「く…そおおっ!」
唸ったユカルは忌々しげに声を絞り出しながら、1人を蹴り倒して止めを刺した。
「わ、かった! 1人で大丈夫かっ?!」
「それこそ、見損なうなよ!」
ユーノはにやりと唇を上げる。
「『星の剣士』(ニスフェル)の名前を誰がつけたと思ってる!」
暗にシートスの眼力を疑うのかと仄めかせば、ユカルは目に見えて気持ちを固めた顔になった。だが。
(つっ)
左肩が嫌な疼き方をした。閃光のように走った痛みはあまり時間がないと告げている。
(本当に冗談じゃない、早くケリをつけなくちゃ、左手が保たない)
「く、わかった! 後は頼むぞ!」「ああ!」
「待て!」
「おっとこっちだ!」
隙をついて包囲を抜け出し、一気に速度を上げて離れていく平原竜を追おうとしたモス兵士の前に立ちふさがる。
「追わせるわけには……いかなくってね」
「そこを退け!」
「力づくで、こいよ」
くい、と顎を上げて挑発すれば、向かい合ったモス兵士の顔が見る見る赤らんで膨れ上がった。
「この……くそガキが!」
「……」
見る見る相手に滾ってくる怒りの炎、それを見据えてゆっくりとユーノは息を吐き出し、呼吸を整える。両手を開き、静かに元の位置に戻して剣を構える。傍目には単に剣を持ち直しただけと見えるだろうが、指先まで張りつめた意志の力は、剣の速度を上げ、動きを精密にする。
アシャに習っている剣法は完成していない。今使えば、左腕に負担がかかるのは必至、まずくすれば再び左手が使えなくなる。
(でも、生き残るには、これしかない)
いつもそうだな、とユーノは微かに苦笑した。
どう生きればいいか、ではなくて、どうしたら生きられるか。あれをするか、これをするか、ではなくて、これをするかしないか。
選択肢はいつもうんと少なくて、天秤の片方には必ず屍が乗っている。
(左腕を、捨てる)
息を溜めて覚悟を決めた。
(だって、生き残りたいから)
もう一度、アシャの笑顔を見たいから。
「い、やあああっっ!」「たああああっっ!!」
正面と別方向から同時に襲い掛かってくる敵、挟み撃ちに叩き込まれる寸前、すうっとユーノの躯が沈む。
「ぎゃっ!」「げえっ!」「ひいっ!」
剣の軌跡が蒼白く光を跳ねた。襲い掛かった2人と、その背後からおこぼれに預かろうとした1人が、次々に手首と片腕、首を裂かれて血煙を上げ、馬から転がり落ちた3人に、周囲が一瞬怯む。前に出ようとしていた歩兵がじりじりと背後に下がるのを見て、ユーノは薄笑みを浮かべた。
「さあ…どうする?」
自分が軽く肩で息をしていると気づいている。額に汗が滲んでいる。弾んだ呼吸が戻らない。左肩が重くてわずらわしい。
同じことを対峙しているモス兵士達も見て取っている。互いに目配せをし合って、ユーノを取り囲む。
確かに凄まじい遣い手だ。だが惜しいかな、体力不足は明らか、幾重にも攻撃をしかければ、消耗し切って落ちるのは目に見えている。
そういう囁きが聞こえるようだ。
(ちぇっ……足りない、なあ)
諦観に似た苦笑がユーノの唇を過った。ユカルに放ったはったりにもほど遠く、自分の力は圧倒的に足りない。だからといって、今更引けもしないのだ。
「……参る」
モス兵士の1人が呟いて剣を掲げる、次の一呼吸を待たず、無言の気合いもろとも、折り重なってくるように5、6人のモス兵士がユーノの上に覆い被さってきた。




