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ラズーン 5  作者: segakiyui
2.暗雲

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19/131

8

「性格が『なお』悪くなったそうですね」

「何だ、入ってくるなり」

 シートスを迎えたアシャは、相手のことばに苦笑いする。

「いえね、今そこで『星の剣士』(ニスフェル)に会ったんですが、あなたが『もっと』性格が悪くなったってぼやいてました。一体何をやったんです?」

「別に。あいつが阿呆なことを言うからだ」

 シートスに椅子を勧め、アシャも長椅子に座り直す。

「まあ、『かなり』いい性格はしてるよな」

 ベッドに寝転がりながらラクシュの実を摘んでいたイルファが、手元の木の椀に中身がなくなったのを指先で探り、のったりと体を起こす。

「ユーノがやられた時だっけな、あの裏切り者にしたことを考えりゃ、とてもとても王子って育ちには思えねえよな……なくなっちまった。もらってくる」

 木椀を手に下げ、ぶらぶらと部屋を出て行く後ろ姿を見送りながら、シートスが苦笑まじりにアシャを振り返る。

「ユーノがやられた時…ね。良きにつけ悪しきにつけ、『氷のアシャ』が『炎』になるのは、『星の剣士』(ニスフェル)に何かあった時しかない、と言うわけだ」

「その『炎』も」

 たじろぎもせず、アシャは言い返す。

「あいつの前じゃ、消えかけた燠火程度の熱だ。ったく、どうしてああも無茶ばかり」

 つい愚痴になった口調に気づいて、眉を潜めて口を閉ざす。シートスがまじまじとアシャの顔を眺め、苦笑を深めた。

「構いませんが、あんまりそういう表情を女子どもに見せんことですな。男でも迷う奴が出てくるかも知れない」

「やめてくれ。イルファだけで十分だ」

 うんざりして唸り、一転口調を変えて促した。

「それより一体何だ? 野戦部隊(シーガリオン)を放ってくるとは?」

「それだけの価値があると思いましたので」

 シートスはまた微かに苦笑し、ユカルだけではいささか荷が勝ち過ぎるかと、と付け加え、手早く三角洲の大量の野営の跡と『銅羽根』への懸念を語った。

「…まずい」

 アシャはすぐさま、その意味を覚る。

「まずいぞ、シートス。その見張り、今生きているかどうか」

「え」

「そいつらが、なぜあえて見つかりやすい三角洲に、しかも何度も野営を続けたのかを考えると」

「む」

 シートスは目を見開いた。猛々しく輝く黄玉、殺気を満たしてぎらりと光る。

「数日前の野営の軍が最後だとは思えん。そこまで出て来た軍が、こけおどしに自国へ戻るとも思わん。ラズーン近くに野営する特別な意図を果たした、と見たほうがいい」

 そして、それはおそらくはラズーンへの潜入だろう。

 外壁がいかに強固にラズーンを守ろうとも、四大公の裏切りという情報がある以上、外壁は既に外壁としての役目を果たさない。それは単なる土地の区切りでしかない。敵は自分達に開かれた門を潜って、易々とラズーンに侵入できるのだ。

「シートス、先に出る」

「はっ」

「すぐさま野戦部隊(シーガリオン)を率いて追って来い」

 立ち上がるアシャの手には剣がある。滑らかな動作で身に着ける。今までの憂い溢れる穏やかな王子の仮面を脱ぎ捨てた自分が、解き放たれて高揚する。

(旅よ、旅よ)

 唐突に頭の奥で古い詩が鳴り響いた。

 旅よ、旅よ。

 我が身を開く未知への扉よ。

 進め、真なる命を得るため。

 残したものは抜け殻に過ぎぬ。

「…アシャ?」

 歩み寄った戸口から、回廊の向こうを振り返り振り返りしながら、イルファが入ってきて首を傾げた。

「何かユーノに急用でも言いつけたか?」

 木椀の中身をむしゃむしゃやりながら、もう一度半身、廊下を振り返る。

「何?」

 訝しく瞬きしながら、アシャの胸に嫌な予感が広がる。

(ユカルはどこだ?)

 ユカルはユーノの仲間だった。ここにはシートスしかいないなら、当然ユカルはユーノの所なのだろう。同じ情報を、きっとユーノにも語って聞かせているだろう。

「じゃ、何だろうな?」

(まさか)

 のんびりしたイルファの横顔を凝視した。

 左肩の痛みにしかめた顔が脳裏を過り、ひんやりとした怖気が背中を這い降りる。普通の者なら、あんな状態で何かをしようなんて考えない、だが。

(あいつは)

 ユーノ、なのだ。

 首を振り振り、イルファが不思議そうに続ける。

「いや、今さっき、若い野戦部隊(シーガリオン)の奴と一緒に、妙に急いでヒストですっ飛ばして行ったぜ、殺気立った面して」

「あ…の、ばかっっ!!」

 罵倒を続けるのももどかしく、アシャは部屋を飛び出した。

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