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「性格が『なお』悪くなったそうですね」
「何だ、入ってくるなり」
シートスを迎えたアシャは、相手のことばに苦笑いする。
「いえね、今そこで『星の剣士』(ニスフェル)に会ったんですが、あなたが『もっと』性格が悪くなったってぼやいてました。一体何をやったんです?」
「別に。あいつが阿呆なことを言うからだ」
シートスに椅子を勧め、アシャも長椅子に座り直す。
「まあ、『かなり』いい性格はしてるよな」
ベッドに寝転がりながらラクシュの実を摘んでいたイルファが、手元の木の椀に中身がなくなったのを指先で探り、のったりと体を起こす。
「ユーノがやられた時だっけな、あの裏切り者にしたことを考えりゃ、とてもとても王子って育ちには思えねえよな……なくなっちまった。もらってくる」
木椀を手に下げ、ぶらぶらと部屋を出て行く後ろ姿を見送りながら、シートスが苦笑まじりにアシャを振り返る。
「ユーノがやられた時…ね。良きにつけ悪しきにつけ、『氷のアシャ』が『炎』になるのは、『星の剣士』(ニスフェル)に何かあった時しかない、と言うわけだ」
「その『炎』も」
たじろぎもせず、アシャは言い返す。
「あいつの前じゃ、消えかけた燠火程度の熱だ。ったく、どうしてああも無茶ばかり」
つい愚痴になった口調に気づいて、眉を潜めて口を閉ざす。シートスがまじまじとアシャの顔を眺め、苦笑を深めた。
「構いませんが、あんまりそういう表情を女子どもに見せんことですな。男でも迷う奴が出てくるかも知れない」
「やめてくれ。イルファだけで十分だ」
うんざりして唸り、一転口調を変えて促した。
「それより一体何だ? 野戦部隊を放ってくるとは?」
「それだけの価値があると思いましたので」
シートスはまた微かに苦笑し、ユカルだけではいささか荷が勝ち過ぎるかと、と付け加え、手早く三角洲の大量の野営の跡と『銅羽根』への懸念を語った。
「…まずい」
アシャはすぐさま、その意味を覚る。
「まずいぞ、シートス。その見張り、今生きているかどうか」
「え」
「そいつらが、なぜあえて見つかりやすい三角洲に、しかも何度も野営を続けたのかを考えると」
「む」
シートスは目を見開いた。猛々しく輝く黄玉、殺気を満たしてぎらりと光る。
「数日前の野営の軍が最後だとは思えん。そこまで出て来た軍が、こけおどしに自国へ戻るとも思わん。ラズーン近くに野営する特別な意図を果たした、と見たほうがいい」
そして、それはおそらくはラズーンへの潜入だろう。
外壁がいかに強固にラズーンを守ろうとも、四大公の裏切りという情報がある以上、外壁は既に外壁としての役目を果たさない。それは単なる土地の区切りでしかない。敵は自分達に開かれた門を潜って、易々とラズーンに侵入できるのだ。
「シートス、先に出る」
「はっ」
「すぐさま野戦部隊を率いて追って来い」
立ち上がるアシャの手には剣がある。滑らかな動作で身に着ける。今までの憂い溢れる穏やかな王子の仮面を脱ぎ捨てた自分が、解き放たれて高揚する。
(旅よ、旅よ)
唐突に頭の奥で古い詩が鳴り響いた。
旅よ、旅よ。
我が身を開く未知への扉よ。
進め、真なる命を得るため。
残したものは抜け殻に過ぎぬ。
「…アシャ?」
歩み寄った戸口から、回廊の向こうを振り返り振り返りしながら、イルファが入ってきて首を傾げた。
「何かユーノに急用でも言いつけたか?」
木椀の中身をむしゃむしゃやりながら、もう一度半身、廊下を振り返る。
「何?」
訝しく瞬きしながら、アシャの胸に嫌な予感が広がる。
(ユカルはどこだ?)
ユカルはユーノの仲間だった。ここにはシートスしかいないなら、当然ユカルはユーノの所なのだろう。同じ情報を、きっとユーノにも語って聞かせているだろう。
「じゃ、何だろうな?」
(まさか)
のんびりしたイルファの横顔を凝視した。
左肩の痛みにしかめた顔が脳裏を過り、ひんやりとした怖気が背中を這い降りる。普通の者なら、あんな状態で何かをしようなんて考えない、だが。
(あいつは)
ユーノ、なのだ。
首を振り振り、イルファが不思議そうに続ける。
「いや、今さっき、若い野戦部隊の奴と一緒に、妙に急いでヒストですっ飛ばして行ったぜ、殺気立った面して」
「あ…の、ばかっっ!!」
罵倒を続けるのももどかしく、アシャは部屋を飛び出した。




