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ラズーン 5  作者: segakiyui
2.暗雲

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7

「ほんの数日前のことだ。俺達はいつものように、三角州に巡視を送った。普段なら辺り一帯を回ってくるはずの仲間は、すぐ戻ってきて隊長にこう報告した、『三角州に大規模な野営の跡がある』と」

 同じようにグラスに水を注ぎ、窓にもたれて唇まで運んでいたユーノは、ぎくりとして手を止めた。

「20や30の数じゃない。少なく見積もっても100人前後の兵士、それも、最近のばかりでない、ここ数週間、たて続けの野営の跡だ、と。野営の仕方から見て、モスかグルセトの部隊……おそらく、延べ、1000人以上」

「……」

 視線をぶつけた2人の脳裏に去来したのは同じことだっただろう。

「どういうことだと思う?」

 ユカルは皮肉な目をユーノに向けた。

「それだけの大隊の移動の報告が、全く来てないってのは?」

「……アギャン公なのか?」

「わからない」

 ユカルは重く溜め息をついた。

「ただ……1000人以上、もっとも少なくて、500人前後の兵士が、こともあろうにのうのうと、ラズーンの鼻先で野営をしてたってことだ。そして、それを報告するべき『銅羽根』の動きがない」

 セシ公の端麗な横顔が思い浮かんだ。アシャの疑念も。

 裏切りがあるかも知れない。それも、下級兵士ではなく、視察官(オペ)級、まずくすれば、大公級の裏切りの気配がある。

 アギャン公については、いい噂は聞いていなかった。ジーフォ公が武力で、セシ公が知力で、ミダス公が外交力で、それぞれの分領地を巧みに治めているのに比して、アギャン公はいつの頃からか政治に疲れ、分領地の統治から身を引いているという。また、彼はラズーンに対して、少なからぬ皮肉的な見解を持つ老人でもある、と。率いる『銅羽根』の長はグードス、アギャン公の一人息子だ。ラズーンに反旗を翻そうとしたならば、仲間割れがある組み合わせではないだろう。

 ユーノはゆっくりと水を口に含んだ。

 セレドのものとも、旅で飲んだものとも違う、独特の清冽感のある澄んだ舌触り。

 それは『泉の狩人』(オーミノ)の棲む『狩人の山(オムニド)』から溶け出した氷の水だ。水は二つの運命を選び、片方は塩辛い闇に我が身を投げ捨てて世界を巡る海となり、片方は岩瀬を奔り樹々を育て、獣や人を活かす。

 同じ水が闇と光の両方を含む。

(警告)

 喉を滑り落ちていく水の遥か底、体の奥で何かが鳴り響く。

 物事は二つの側面を持つものだ、時には全く違う顔を。ラズーンはその最たるもの、永遠の繁栄を見せかけて、滅亡へ静かに歩み続ける。

(何だ? ユカルのことばだけじゃない、もっと何か、もう一つ引っ掛かる要素がある)

「……もっとも」

 ユカルはふ、と肩の力を抜いた。手にしたグラスの水を、今度は味わうように旨そうに飲み干す。

「俺達が駆けつけた時には、もう槍跡さえなかった。周囲にそれらしい気配もない。で、とりあえず、アシャ・ラズーンに出馬願って、俺達には気づけなかったものを見定めてもらおうと…」

「ユカル!」

 唐突に胸を強く押さえつけられたような気がした。

「うん?」

「何て、言った?」

「で、とりあえず、アシャ・ラズーンに」

「その前!」

「周囲にそれらしい気配もない…」

「ユカル…」

 気づかないのか、こんな恐ろしい符号に。

 ちりちりと逆立っていく皮膚の感触、総毛立つとはこのことか。

 ユーノは凍てつく声を絞り出す。

「気がつかないの?」

「気がつかない? 何が? だって、俺達が駆けつけた時には槍跡さえ…あ」

 以前のようにどこか子どもっぽく、不満げに唇を尖らせたユカルが息を呑んだ。見る見る青ざめてグラスを置く。そのまま、額帯(ネクト)に手をあてて呻いた。

「…畜生…俺はどうしてこんなことに…」

「そうだよ、ユカル。一体、それだけの大人数は、『どこに』消えたんだ?」

 わざわざラズーンの端で野営をするという芸当をした連中が、単にはったりやこけおどしのために、そんな賭けをしたとは思えない。そこには何か意図があり、確かな保証があったはずだ、そこで野営をすることに対する大きな見返り、という奴が。

「ユカル」

 ユーノもグラスを置いた。剣帯を締め直し、服装を整える。

「その場所に誰か置いてるよね?」

「ああ、見張り2人を」

「野営があったのが数日前としたら、今日あたり、そろそろ次の隊が来るんじゃない?」

「見張りが危ないってことだよな」

 ユカルも立ち上がる。

「シートスがアシャに話してるなら、アシャならすぐに気づくよ。けど、軍を作るなら時間がかかる。まずくすれば見殺しだ」

 ユカルを見やる。浮かび上がった幾つもの顔、行き場のないユーノを受け止めてくれた仲間達が今、命の瀬戸際に無造作に晒されている。見返したユカルの目を受け止めて頷く。

「少しでもいい、先に動こう」

「わかった、『星の剣士』(ニスフェル)!」

 微かに声を弾ませて続くユカルを背中に、部屋から駆け出す。

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