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「そりゃきっと、かけがえないほど大事なものだよ、けどさ」
(けどさ)
「私が欲しいのは、そういうもんじゃ、なくて!」
ぶつぶつぼやきながら、回廊を歩く。
「要するに、性格が悪くなったんだ!」
「誰が性格が悪くなったって?」
「だから、アシャ…」
言いかけてユーノは立ち止まった。背後から追いかけて来た声の主を振り返る。
「アシャが? そりゃ怖いな」
あれ以上ってことだろ、と視線を天井に向ける顔、やれやれと言った苦笑を広げる顔。
「ユカル! シートス!」
「やあ、『星の剣士』(ニスフェル)」
相変わらずの茶色の長衣、緑の鎧を身に着けた野戦部隊の2人、物見とシートスを見つけて駆け寄る。
「いつ来たんだい?! 遠征はどうだった?」
「俺はちょっとアシャに話がある。ユカル、『星の剣士』(ニスフェル)の相手を頼む」
「はい、隊長」
唇の端に苦笑を残したシートスが、ちらりとユーノを見やって笑みを深め、そのまま身を翻して歩いていく。鎧のせいばかりではない、相変わらず隙のない身のこなし、野天を住処とする部隊の長としては、こんな風に着飾った邸内は息苦しいだろうに、そんなそぶり一つもなく回廊の端へ消えていく。
それを見送ってから、ユーノはユカルに向き直った。
「支配下の方はどう?」
「それなんだ」
ユカルは一つ頷き、ユーノに肩を並べた。
「ちょっと気になることがあって、急ぎアシャ・ラズーンに報告しようと思って戻ってきたんだが…」
そこで、世にも妙な表情になって、
「アシャ・ラズーンが『もっと』性格が悪くなったって?」
「…それはもういいんだ」
ユーノは顔が熱くなるのを感じた。
「ボクも悪かったんだし……それより、気になることって何? 聞かせてくれないか?」
「ああ」
ユカルは招き入れられるままにユーノの私室に入ってきた。促されて、かなりの強行軍だったのだろう、どさりと重たそうに、床に敷いた毛皮とクッションの上に腰を落とす。ユカルの動作に伴って、木を燻したような、湿気を帯びて吹き過ぎる沼地を行く風のような、荒野を思わせる薫りがした。鎧を外す気配はない。額帯に乱れた前髪を掻きあげながら、
「話す前に、一つ確認しときたいんだが」
以前よりも随分と大人びた口調だった。
「『銅羽根』から、最近何か報告はあったか?」
「『銅羽根』……っていうと、確か…」
ユーノは頭の中で地図を見渡す。
「アギャン公配下だったっけ?」
アギャン公は未だ顔を合わせたことのない、引きこもり気味の君主、ではなかったか。アシャ・ラズーンの帰還にも挨拶に来たのかどうか。
「ああ」
「いや、何も」
「そうか…あ、すまん」
ユカルはユーノが差し出した水晶細工のグラスを面映げな顔で受け取った。無造作に掴んで中身を含む。冷えた水にほっとしたのだろう、一気に飲み干して、なのに、苦い表情になった。
確かに弱冠17歳、野戦部隊の中ではひよっこでしかないが、物見としての並々ならぬ才能はずっと高く評価されている。ユーノが野戦部隊を離れてから、さらに才能に磨きがかかったのか、表情には少年と思えぬ厳しさが漂っている。
「ユカル?」
「…うん」
ユーノの促しに小さく頷いた。
「……実は、ラズーンのアギャン公とミダス公の分領地の境に、三角州があるんだ。知っているとは思うが、ラズーンの高峰、『狩人の山』(オムニド)からの流れは、アギャン公分領地にはほとんどない。荒れた土地ばかりの中で、三角州は、唯一、都から離れて野営をしやすい所だ。特に、ラズーンを辺境から狙おうとする大部隊を休ませるにはちょうどいい」
ユカルの話に伴って、ユーノの脳裏に原野が広がる。果てしない空と見渡す限りの赤茶けた平原。荒々しく戦いに乗り込む野戦部隊の煌めく槍、翻る茶色の衣、豪快に響き渡る笑い声と閧の声。
一息ついて、ユカルはユーノを見据える、こちらの内側に何が育ちつつあるのかを見極めようとでもするように。
「だから、俺達も遠征の合間に、その辺りも巡視しておくのが常になっている。これはアギャン公の『銅羽根』だって同じはずだ」
外側から野戦部隊が見守り、内側からは各分領地の『羽根』達が警戒する。それがラズーンの防御網だ。
ユカルは非常に言いにくいことを口にしなくてはならないと言いたげに、もう一杯もらえるか、とグラスを差し出した。だが、注いだ中身をたゆたゆと揺らせながら、なかなか話そうとしない。
「酒がいるかい?」
「…いや」
ユーノの声に微かに苦く笑って首を振った。やがて、思い切ったように口を開く。




