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「……ふぅ」
アシャがじっとユーノを見つめ返していた視線をふっと落とした。俯きがちにもう一度吐息を重ねる。
「……仕方ない」
「じゃ、いいんだね!」
「…少々荒っぽいぞ」
「え?」
するっとアシャの手が左腕を滑った。微妙に持ち方を変えられて、体の中に警告音が鳴り響く。危険を察して身を引いたときは遅かった。勢い良く、しかも容赦なく一気にねじ上げられる。
「ぅあっ!」
ざくっ、とどこかがねじ切られたような激痛に思わず悲鳴を上げた。頭の中心を巨大な真っ赤な刃が断ち割り、身内の肉を抉ってズッポリと闇へ落ちる。吐きそうになった意識に、遠くアシャの声がくぐもって響く。
「ギヌアを甘く見るんじゃない。俺と同じく、正統後継者だった男だ、確実にここを狙ってくるぞ」
落ちそうな意識を保つのに必死に呼吸を繰り返す。耳鳴りがして体が保てない。
「今みたいに扱われてみろ、剣を使うまでもなく、あっさり身動きできなくなる。その後は」
「……う…ん…」
口にされなくとも、自分の未来は見えた。粋がってギヌアに突っ込み、一太刀浴びせるどころか、剣を手にするまでもなく、左腕を引きずられて踏みつぶされ肉塊となる姿。それならまだしも、『運命』と同化させられたりしたら、もっと不吉で苦しい命が待っている。
「…ご…め…」
謝る声がもやもやと消えた。体を包まれ、抱きかかえられた感覚、続いて左肩にひやりとした塗り薬の感触、丁寧に塗り伸ばされた後に包帯が巻かれていく気配。緩くもなく、きつくもなく、しっかりと、だが動きやすいように。
夢現でそれらを追いながら、また情けなくて惨めな感覚が広がる。
(どうして、私は)
いつまでたっても、アシャに迷惑しかかけないんだろう?
(もっと強く、ならなくちゃいけないのに)
「……よし、いいだろう」
声をかけられ、瞬きして顔を上げる。
予想していた以上に近い場所にアシャの顔があった。しっかり抱え込まれた体は安堵して穏やかだ。このままずっと、この腕の中に居るのは、きっと幸福だろう。
(でも、この腕は)
滲む視界に顔を歪めて、慌ててアシャの膝から滑り降りた。
「っ」
「まだ痛むか?」
背後から、さすがに心配そうなアシャに、きゅ、と唇を噛んでから振り返り、できるだけ冷たい一瞥を投げる。
「誰がやったんだよ」
「仕方ないだろ、お前が無茶を言うから」
アシャはほっとしたのだろう、からかうような笑みを唇に広げた。
「ボクのせいなのかよ」
「やりたくてやったわけじゃないぞ」
今やアシャはユーノとの会話を楽しむような顔だ。
そうだ、アシャはきっと変わった。
以前のアシャなら、ユーノの憎まれ口に返事しながらも、少しは心配そうな目の色をしてくれていた。けれど、今目の前に居るアシャは、ユーノの強がりを楽しんでいる。さっきの遣り口だって、旅の途中ならあそこまでしなかっただろう。
左肩のずきずきとした痛みはまだ消えないのに、アシャには、ユーノが気を失いかけるほど痛かったことを、気にしている表情はない。
(守ってくれなくなった、んだ)
皇女の付き人としての役割が消えた。何があってもユーノを守ろうとする、その姿勢がなくなった。
(守る人が他にできたから)
けれど、その代わりに、アシャはユーノを違う形に変えようとしている。自分がいなくても、ユーノが生き抜けるように。自分が守れなくても、闘えるように。
(付き人じゃなくて、同じ仲間、として)
それは、背中を預ける相手と考えてくれているという『信頼』なのかも知れない。だから、ユーノはその『信頼』を嬉しいと感じなくちゃいけないのかも知れない。アシャの『信頼』はきっとかけがえないものだ、この先ずっと揺らぐことのないものだ。そしておそらく、レアナもリディノも、その『信頼』を得ることはない。ユーノだけが受け取れる、アシャの心。
(けど)
けれど、それは。
(私が欲しいのは)
波立つ胸に唸った。
「……わかった」
「何が」
「ボクを苛めて楽しんでるんだ」
「誰のことだ」
「アシャのこと!」
言い捨ててユーノは部屋を出た。
嬉しいのか哀しいのか、わからなくなった。




