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キンッ!!
「あつっ!」「ユーノ!」
殺気に咄嗟に振り上げた剣に、投げられた短剣が跳ね上がった。それも、ひどくまずい跳ね上げ方で、さすがに『泉の狩人』(オーミノ)から受け取った長剣の方は刃こぼれ一つしなかったが、飛んで来た短剣を見事に二つに折り散らして、跳ね上がった一片はユーノの頬を、もう一片は左腕を、軽く掠めて通り過ぎる。
「大丈夫か?!」「うん、大丈夫! ごめん、アシャ」
駆け寄ってくるアシャに苦笑して、ユーノは手の甲で頬の傷を拭う。
「ったく…剣の練習の最中に、何考えていたんだ」
アシャが眉をしかめて、ユーノを叱りつける。
「ああ、こら、そんな手で擦るな!」
声と同時にユーノの手首を容赦なく掴む。
「ごめんって言ってるだろっ」
ユーノはむくれて、急いでアシャに掴まれた手首を取り戻す。
(いけない、まだ『泉の狩人』(オーミノ)の事から、切り替えができてない)
「ああわかった、わかったから……ほらみろ、顔が血だらけになってるぞ」
「洗ってくるよ」
「待て」
剣を鞘に納め、さっさと身を翻したユーノを、アシャが肩を掴んで引き止める。
「一時休憩だ。手当のついでに、左肩の包帯も替えてやろう」
逆光のアシャの表情はよく見えない、案じてはくれているのだろうが。
「う、ん」
ユーノは渋々、アシャに従ってミダス公の屋敷に入った。
昼近い陽射しの中、午前中いっぱい剣の練習を続けていた体は汗びっしょりだ。本調子でないのは、たった半日程度の、しかも内庭で済むような簡単な稽古で汗まみれになるのでもよくわかる。
「ふぅ……暑…」
「ずいぶん汗をかいたな」
「うん。……包帯替えてもらう前に、ちょっと汗流してくるよ、待ってて」
「ああ」
アシャの方は涼しい顔だ。額に汗の粒一つ浮かんでいない。訓練の後の軽い屈伸運動を終えると、与えられた自分の部屋の長椅子に、ゆったりと体を伸ばす。
それを背中に部屋から出たユーノは、自分の部屋に戻り、布と着替えを準備して浴衣場へ向かった。
(最近、アシャは何か変だ)
勝手知ったる巧緻の粋を尽くした風呂場、広い湯船に半分ほどたたえられた湯を、準備されている小さな木鉢で掬って、左肩を濡らさないようにそっと体にかける。粘り着くように体を覆っていた被膜が、湯の熱さに蕩けたようにつるつると床に流れ落ちる。汗と血で固まった顔を洗い流し、汚れた髪にも俯いてかけて埃を落とした。それから静かに湯船の中に半身浸し,額に張りついた髪を掻き上げながら考える。
(どこが、と言われると困るんだけど)
ここ数日、妙な違和感を感じ続けている。不快かと言われるとそうではない。むしろ、快い違和感というか、どこか、今まで期待もしていなかった嬉しい出来事を次々と囁かれているような、胸が微かに波打つような驚きを含んだ感覚。
(前より優しくなった? ……ううん、そうじゃない)
アシャの優しさはセレドを出た時から変わっていない。
(態度や仕草の、どこがどう、変わっているわけでもないのに)
首を傾げる。
ゆっくりと四肢の先から温まってくる体に、さきとは別の汗が額に滲んでくる。湯を掬い上げ、目を閉じて顔にかける。
(何だろう)
繰り返しアシャの言動を思い浮かべてみるが、どうにもよくわからない。
何かが違う、そう感じるだけだ。
「…いいか」
とにかく、自分とアシャの間は落ち着いていてうまくいっている、そういうことだと想い定めて、ユーノは勢いをつけて湯船から上がった。
「っ」
とたんに左肩の奥に鋭い痛みが一瞬走って、思わず眉をしかめる。
「…やっぱり、この前のが響いてるのかな」
忌々しく呟く。




