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「…残念なことに、シダルナンは逃してしまったが…」
「十分だよ、シートス!」
ユーノは話し終わったシートスに、感嘆の声を上げた。
「そうですとも。あなた方がいらっしゃらなければ、私は今ここで無事にはおりません」
シャイラが深く頭を下げる。
「いや、礼ならセシ公に伝えてもらおう。あの方の機転だからな」
苦笑いするシートスが応じると、重なるように広間から声が響いた。
「シートス! シャイラ! 今夜の主役が何をしている!」
「ほら、お呼びだよ、シートス」
「やれやれ、苦手だと言ってるのに…」
溜め息混じりに呟いたシートス、シャイラが広間の方へ戻って行き、1人何か言いたげなユカルが残って、ユーノは少し緊張した。
「何、ユカル」
「…これを言おうかどうしようか、ずっと迷っていたんだが…」
ユカルが少し目を細める。
「…アシャはひょっとすると……『魔』、かもしれない」
「え…?」
ユーノはからかわれているのかとユカルを見たが、ユカルの表情は厳しく真面目で、ふざけているようには見えない。
「なんだよ、急に」
「『星の剣士』(ニスフェル)、金のオーラが『見える』視察官を知っているか?」
「何言ってるんだよ、視察官は誰だって、金のオーラを持っているはずなんだろう?」
「よく聞けよ! 『持っている』とは言ってない。『見える』と言ってるんだ」
「だから、なんだって言うんだよ! 『見える』なんて、そりゃ…」
言いかけて、ユーノは口を噤んだ。金のオーラと銀のオーラ。ラズーンの二百年祭のための立役者、視察官と銀の王族の認識票、ただし、視察官のみ見分けられる、極めて表現力の少ない認識票。
(認識票?)
改めて考えて、ユーノは眉を寄せた。
オーラが単に認識票にすぎないはずなら、アシャのあの力は一体どこからくるのだろう。それに、そう言えば、アシャ以外、金のオーラを操っている人間を見たことがない。そもそも認識票にすぎないものが、なぜ他のものに及ぼす力を持ち、操ることができるのだろう。それはつまり、少なくともアシャの場合、オーラは認識票だけではない、他の『何か』だと言うことではないのか。
(それに)
『太皇』のいつかの言葉が蘇る。『氷の双宮』の凄まじい力を最初から制御できたのはアシャだけ。なぜ『アシャだけ』なのだ? なぜ、『正統後継者だけ』ではない?
『太皇』が、ユーノをさえ正統後継者候補とするほど跡継ぎを欲しながら、なぜ易々と、事もあろうに第一正統後継者であるアシャが視察官になり諸国を経巡ることを認めたのか。
(正統後継者の力は認めた、けれど……継ぐことは望んでいなかった……とか?)
もしそうならば、普通の国なら下手をすると暗殺されていてもおかしくない、国の安泰のために。なのに、アシャは守れらなくとも追撃されずに放置され、しかも帰還は歓迎された、ユーノを伴ったからだけではあるまいに。
考えてみれば、アシャにも、ラズーンそのものと同じぐらい謎の部分がある。
(アシャは『特別』なのか? ラズーンにとって?)
「気をつけろよ」
ユカルの声にユーノは物思いから覚めた。
「言いたかったのはそれだけだ。じゃ、な」
ユカルは飾りのない茶色の長衣を翻した。だが、広間に入る前に立ち止まり、半身振り返る。
「お前が野戦部隊に戻れば、みんな、歓迎するぜ……もちろん、俺も」
「ユカル…」
ユーノは首を振った。
「それはたぶん、ない」
「言って見たかっただけだ。じゃあ」
ユカルは少し寂しそうに笑って、広間に消えた。
ユーノの心の中には、ユカルの投げかけた問いかけが、波紋を広げて行く。
(アシャが………『魔』…だって……? アシャ…が……?)




