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「ふぅむ」
シャイラの話を聞き終わったシートスが溜め息混じりに唸る。
「相変わらず醒めた御方だ。では、俺たちが辿り着いたのは、その後のことだな」
「え? 野戦部隊も出てたの?」
それは初耳だ。
不審がるユーノに、シートスは苦笑いをしながら、広間の方を目線で示した。
「あそこの御仁、セシ公が、アシャの加勢に赴けと命じたのだ。本来なら辺境の守りを放って行くわけにはいかんのだが、時が時だけに、な。おまけに『泥土』とくる」
「?」
「泥獣の天敵は、平原竜なのだ。もっとも、平原竜は泥土があまり好みではなくてな、進ませるのに手間取ったが……」
アシャとシャイラはひたすら『泥土』の端を目指して駆けていた。グードスの安否はともかく、こう不利な立場にあっては捜索もままならない。その2人を目掛けて刺客は次々と襲ってくる。
「はっ…」
「ぎゃうっ!」
「げっ!」
飛びかかってきた2人を、アシャは軽くいなして避けた。いや、避けるふりをして1人の口に足先を叩き込み、もう片脚を別の1人の水月へ突き入れ、軽々と空に舞う。
その間もシャイラは走り続けた。何せ白光皮が使われているというので保護の革は解き放したものの、その下は布靴のみ、ぐずぐずしていれば、泥土の毒素に皮膚を侵されていく。アシャもシャイラも、何度も捨て身で飛びかかってくるグルセト兵士に、泥の中を転がらされ『飢粉』を浴びせられて、服をほとんど脱ぎ捨てていた。アシャに至っては、ほの白い肌を夜闇に浮かせ、艶かしい妖しさに血迷ったのか屠る以外の目的で飛びかかってくる阿呆も居て、シャイラの倍は刺客に狙われていたが、それでも進む速度がシャイラとほぼ同じと言う凄まじさだった。
(本当にこの人は…)
走りながら、シャイラは何度か隣を走るアシャを、信じられない想いで見つめた。
(人間なのか?)
グルセトの王シダルナンは、あくまでも『泥土』を2人の墓場とすることに決めたようだ。散らばっていた刺客が集まり前方を遮る。人数が増えていく、5人、10人、18人、なおも増える。
「…ア…シャ…様…」
息を切らせながら、シャイラはアシャを見た。アシャも難しい顔で頷く。いくら、アシャが剣の天才とは言え、裸に短剣一振りでは20人を超える敵を相手にするわけにはいかない。考え込んでいたアシャは、ともすれば泥に足を取られ、転びそうになるシャイラに低く命じた。
「目を…閉じろ…」
「え?…」
思わず振り向いたシャイラは、アシャの身体が淡く光っているのに気づいた。今の今まで、そんなことには気づかなかったと言うのに。
「一体、何を…」
「オーダ・シーガル!」
「!」「!!」
尋ねかけたシャイラは、突如響いた雄叫びにぎょっとした。さしものアシャも立ち止まるほど不気味な叫び、幻のように一瞬にしてあたりに満ち、次には陽炎のように消え去っている。
刺客達もぎくりとして動きを止める。が、長くは待つ必要はなかった。その猛々しい鬨の声が、今度は朗々と『泥土』の上に響き渡った。
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
「レイ! レイ! レイ! レイ!!」
「オーダ・シーガル!」
「オーダ・レイ!」
見る間に遥か向こうから、砂煙ならぬ泥煙を上げて走り寄ってくる一団があった。追われたらしい泥獣が、泥波を蹴立てて走り、刺客も逃げ惑う。その中をアシャとシャイラは一団めがけて走った。
「アシャ!」「シャイラ殿!」
猛る平原竜の背から数本の手が伸びて、アシャとシャイラを引き上げた。そして2人は辛くも危地を脱したのだった。




