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ラズーン 5  作者: segakiyui
8.暗躍

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104/131

5

「そうとも」

 カザディノが間髪入れず応じた。

「あの小娘めにどれほど煮え湯を飲まされたか。どれほどの苦難を強いられたか。憎んでも憎んでも、如何に憎んでも憎み足らぬ! 屠るのだ、手足の一本一本を引き千切り、体も心も粉々に砕いてしまうのだ!」

「おおそうとも」

 重く昏い微笑にギヌアは唇を綻ばせた。あやすようにことばを続ける。

「あやつらのために、我らの願いが幾度挫かれたか、忘れるではないぞ。一刃のものとに殺すのではない。何としても生かして連れ帰れ」

 もう一度ゆっくりと周囲を見回す。

 いつの間にか、広間の面々はギヌアの方を仰ぎ見るように見上げていた。期待と興奮、今まさに彼らの時代がやってこようとしている。

「ユーノとアシャを…新しい世界の幕開けの祭壇に強く楔で打ち込むのだ!」

 響き渡る声に、耳を塞ぐほどの歓声が応じた。うぉああああああ、と声を上げて拳を振り上げる一群、『運命(リマイン)』と『運命(リマイン)』に組する者達は互いの肩を叩き合い、笑い合い、再び拳を突き上げる。

「ギヌア様!! 我らが王!」

「我らが救い! 我らが標!」

 頷くギヌアの前で、兵士達は喚き叫び、酒杯を干しなお注ぎ、広間に立ちこめる煙に巻かれて酩酊状態となっていく。カザディノが準備した、緋色の丹の紅の、様々な色みの、けれども等しく赤色の薄物一枚を身につけた男女をそれぞれに抱いて、床に転がり縺れあい、或いは広間を出て別室へと入り込んでいく。

 カザディノは両手に少女と少年を、レトラデスは先ほどの少年を、ネハルールは緑の目の青年の肩を抱き、シーラは手足の伸びやかな女を押えつけ、ベシャオトは大皿の肉を抱え込み、モディスンとシダルナンは運ばれる銘酒を巨大な盃で次々と味わっている。

 欲望のあらゆる形を想像出来る限りの手法で満たしていく人々の中、ただ1人、石の玉座に身を沈め、ギヌアは醒めた視線で周囲の酒池肉林を眺めていた。

 さきほど広間を煽った興奮はどこにも見られない。体の熱さえ消え失せたように身動きせずにいるギヌアに、密やかな足取りで『運命(リマイン)』が1人、近づいてくる。

「盃を」

「うむ」

 渡された盃は武骨な木の器だ。注がれた酒は深く輝く赤、中ほどまで注いだ『運命(リマイン)』に独り言のようにギヌアは呟く。

「世を手にするのは」

「『運命(リマイン)』のみ」

 静かに応じた『運命(リマイン)』はちらりとギヌアを見上げて微かに唇の両端を上げた。

「…見ろ」

 盃を含みながら、ギヌアは囁く。

「愚かなものだ」

「…確かに」

 振り返ることもなく、『運命(リマイン)』は目を伏せる。

 少しでも正気の者がいれば気づいたはずだ。広間で乱れ狂っていくのは人間のみ、今の今まで一緒に肩を抱き騒いでいた『運命(リマイン)』達は、嬌声や喘ぎ声が満ちる中で次第に身を引き、のたうつ人間達を冷ややかに眺めているだけだと。

「…お前は楽しまぬのか?」

 わかっていながらギヌアは誘う。

「…我ら『運命(リマイン)』の望みはただ一つ……我らがこの世に王として君臨すること、あやふやな命の営みを晒し、我らの宿命を終らせること」

 唐突ににやりと『運命(リマイン)』は笑み崩れた。男とも女ともつかぬ顔に光る2つの紅の瞳が、暗い熱情を込めてギヌアを凝視する。

「そのためにあなたを求めたのだ、ギヌア・ラズーン…正統なラズーンの後継者であり、我らが王である、あなたを」

 ギヌアが見つめ返す。その瞳に命じられたように、『運命(リマイン)』は突然唇をギヌアに押し付けてきた。受け止めるが応じないギヌアに口を離して囁く。

「だが、あなたは人間でもある。求められれば相手を務めよう」

「…イリオールの行方はわかったのか、シリオン」

 誘いを退けられたことに動じることもなく、シリオンは眉を上げる。

「面白いことになっている。ミダス公の屋敷にいる」

「ミダス公の?」

「ユーノが助けたようだ。ジュナの話では『穴の老人』(ディスティヤト)から身を呈して庇ったとか」

「…く、くくっ」

 ギヌアは喉の奥で嗤った。

「そうか……思わぬところに伏兵が配置できたな」

「…惨いことだ、あの子も駒とされるのか」

 口調ほどには惨いと思っていない様子でシリオンが肩を竦める。

「もしお前を駒に使ったら、お前は俺を殺すか?」

「殺すはずもない」

 シリオンは不思議そうに瞬きする。

「私が駒として役立つならば、それもよい。言ったはずだ、我らは『運命(リマイン)』、世界をこの手に取り戻すことが望みの全てだ。我らはあなたの野望に賭けた。願いが叶うならば犠牲などどこにもない」

「……よかろう」

 再び盃を満たそうとした相手を、ギヌアは遮った。

「…相手をするのか?」

「…そうだな。『人間』らしく振舞ってみるか」

「では」

「お前ではない」

 ギヌアはシリオンを押しのけた。

「俺は部下を対象にはしない」

 広間を見渡し、今新たに連れてこられた伽の中に、輝くような金髪と紫の瞳の少女を見つける。顔の造りの平坦さ、体つきの凡庸さ、それらを補ってもあまりある見事な色味で、おそらくはそのために目立って狩られてしまったのだろう。

「…なるほど、あれか」

 シリオンはすぐにギヌアの望みを察した。

 歳の頃は17、8歳、やはり薬を飲まされるか嗅がされるかして、意思を奪われているのだろう。ギヌアの合図で間近に連れてこられても、見開いた2つの水晶の瞳はぼんやりと焦点を結ばず、遠い所を見つめている。その細い顎を掴んで持ち上げ、ギヌアは相手を覗き込んだ。

「…」

 華奢な体、細いうなじ、何より目を奪う陽光を思わせる豪奢な金髪、霞みながらも煌めく瞳は、遠い過去、永遠に同じ方向を見つめることはないと知った相手を思い出させる。

「…来い」

 ギヌアは玉座から立ち上がり、少女を玉座の裏にある小部屋、いつか毎日のようにイリオールを相手にしていた部屋へ連れ込んだ。ベッドに突き飛ばすと、細い身体が軽々と舞って倒れこむ。追ってすらりと剣を抜き放ち、のしかかって剣を少女の喉元に突きつけた。

「ひ…」

 ちくりと剣に突かれた喉の痛みで一瞬我に返ったのか、少女はふっと目を大きく見開き、掠れた悲鳴を上げた。紫の瞳がみるみる恐怖に曇っていく。

(違う)

 ギヌアは胸の中で呟いた。

(あの瞳はこんなふうに怯えはしない。もっと不敵な、もっと艶やかな笑みに綻んで殺気を浮かべて煌めくだけだ)

 我に返ったのは瞬間だったらしい。再び朦朧と煙った少女の瞳に、ギヌアは顔を歪め、剣を捨てて紅の薄物を剥ぎ取った。細く筋を作って鮮血が流れ落ちる首筋に口を寄せ、舌で舐め取る。傷口に唇を当ててきつく吸う。

「う」

 痛みに少女が体を強張らせ呻いた。ギヌアは、すぐに胸へと唇を這わせ、少女にのしかかっていきながら掠れた声で呟いた。

「……アシャ」

 誰かが耳を澄ませて聞いていたなら、随分妙な時に憎い敵の名前を思い出したものだと思っただろう。低く聞こえぬほど微かな声は、張り巡らされた布の闇に、続く荒く乱れた激しい息遣いに、飲み込まれて消えて行った。


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