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「ジーフォ公が動きました!」
駆け込んできた部下の報告を、ギヌアは満足げに頷いて聞いた。
スォーガとクェトロムトの境にある『運命』本拠、側にはガデロの主ネハルール、クェトロムトのシーラ・クェトロムト、ベシャム・テ・ラのベシャオト二世、モスのモディスン・ゲルン、グルセトのシダルナン・グルセト、レトリア・ル・レのレトラデス、カザドのカザディノなど、『運命』に組する主な面々が揃っている。
黒と紫紺の布、毛皮が敷き詰められ、キャサラン金糸を織り込んだ煌めくソクーラ織が冷たい石壁に張り巡らされた広間は、薄く淡い靄に煙っていた。
中央正面の玉座についたギヌアは、素肌に羽織った黒衣のためか、いつもより青白い顔で白髪を掻きあげたが、髪は白く光を放っているように艶やかで紅の瞳は鋭気に溢れ、使いのことばを一言一句聞き逃すまいとするかのように輝いている。その姿は、闇夜に獲物を見定める『死の女神』(イラークトル)の御子とも見えた。
「どう動いた?」
「はっ、テッツェを連れ、行き先も告げずに屋敷から姿を消したそうです。何でもひどく慌ててアシャの名を口走り、アリオのことも口にしていたとか。屋敷も『鉄羽根』も、突然の主の出奔に混乱し切っております!」
使いの声も興奮し、意気揚々と報告する。
「よし」
にっ、とギヌアは唇を綻ばせた。血を啜ったような赤みを帯びた口が、にんまりと左右に引かれ、やがて重々しく周囲に控えた各国の王に話しかける。
「聞かれたな、方々」
「確かに…」
死んだ平原竜を思わせるどんよりと曇った目のネハルールが頷いた。
「これでダイン要城の恨みも晴れよう」
「まこと」
モディスンが痩けた頬を、顔に似合いの骨ばった指で撫でながら同意する。
「やっとアシャに一泡吹かせられる」
のっぺりした鈍重な魚を思わせる顔に異様に大きな目をぎょろつかせ、その実自分では誰よりも色男だと言い放つシーラ・クェトロムトが、くすくす笑った。
「彼には恋人を奪われた恨みがあるからな」
まさかその『恋人』が、中身が空っぽので抱いている女を傷つけるしかできない色好みの自分と離れるために、名高いアシャの名前を出したとは露ほど思ってもいない。
「常々、不愉快な男だと思っていたんだ」
これは小太りで鼻も口も丸くて小さいベシャオト二世のことば、顔そっくりに気持ちも心も小さい彼にとって、世界には劣等感を刺激するものばかりしかない。最近では家来からも疎まれ始めているのを気づいてはいるが、今度のことさえうまくやれば、昔の通り女も金も思いのままだと信じている。近くに居た裸に薄物一枚しか羽織っていない女の尻を撫で回しながら、眠っているように虚ろな膜が張った瞳が、いつ正気に返るのかとどきどきしている。
「ふっ、どうせお前は、自分よりはしこい男が全て嫌なんだろう」
皮肉屋のシダルナン・グルセトがすぐにからかった。
「そうでしょうね、きっと」
容赦なく切り捨てたのは紅一点のレトラデス、腕に抱え込んだ朱色の薄物を着た少年の口からようやく顔を上げて冷ややかに嗤う。レトリア・ル・レの女主人はそのまま少年の胸を弄り、相手がびくびくと震えるのを楽しみながら、下半身へと尖った爪の指先を伸ばす。
「おいおい、大概にしておけよ、レトラデス」
モディスンが呆れたように声をかけた。
「『坊や』を可愛がり過ぎるな、この間1人、この世に戻ってこれなくなったのが居ただろう」
「あら」
レトラデスは赤い唇を歪めて笑った。息を乱し、目を閉じて眉を寄せている少年の耳に唇を這わせ、
「本人も楽しんでいるんだからいいじゃないの、ほうら、ね」
「、あ…っ」
小さな悲鳴を上げて少年が仰け反った。拒むようにレトラデスの腕を掴もうとするが、四肢に力は入らないらしく、苦しそうにもがきながら声を上げる。
「ひ…い…っ」
「レトラデス、しばし待て」
ギヌアは低く声をかけた。
「後で存分に楽しませてやる」
「…はい、ギヌア様」
レトラデスは頷いて手を休めた。震えながら体を竦めていた少年が、ずるずるとレトラデスの膝から崩れ落ちる。薄物がはだけられて全裸に近い状態だが、それを隠す様子もない。おそらくは部屋に立ちこめる靄が彼から意志を奪い取ってしまっているのだろう。床に転がった一瞬、もがくような瞳が揺れた。周囲に助けを請うように見回す、だが、集まった者はそんな懇願には目もくれない。
「ジーフォが動き、ラズーンの守りには大きな穴が開いた。この機を逃す訳にはいかぬ」
重々しく宣言し、ギヌアは自分を見つめる七対の貪欲な眼差しに微笑んだ。
「ネハルール、レトラデス」
「うむ」「はい」
「そなた達はジーフォの領地より入り、セシ公を討て」
「承った」「わかりました」
「カザディノ、シーラ、そなた達はミダス公領地にてユーノを討て」
「無論」「お任せあれ」
「モディスン、ベシャオト、シダルナン、お前達は『泥土』にてアシャを襲え」
「存分に」「わかった」「1人でも構わぬがな」
「俺は『氷の双宮』…『泉の狩人』(オーミノ)を討つ……『穴の老人』(ディスティヤト)を率いてな」
笑みを深めたギヌアは、猛々しく唇を歪めた。
「覚えておけ、世を握るのは『運命』だ。世の基礎と成るのは『運命』だ。それ以外のものは容赦なく潰せ……ただし」
突然微笑を消したギヌアは、静かに囁くような声になった。
「ユーノとアシャは別だ」
欲望に塗れ呻きと喘ぎに満ちる広間、掠れたようなその声が掠れ途切れることもなく隅々まで響くのは、凍りつくような殺意のためか。
「殺すだけでは飽き足らぬ」




