3
「くくっ」「ふふふっ」「くっくっくっ」
「公!」「むうっ」
視界に鮮やかな光景が飛び込んだ。
明るい陽射し、緑の樹々を背景に目を射る3人の男、艶やかな緋色の衣、なだれる金髪、顔には衣と同じく緋色の仮面。
中でも中央に立っている小柄な男は、まだ少年の領域を出ない子どもの身体付き、けれどもその手に光る短剣は、腕を捻り上げられたジーフォ公の喉元にぴたりと突きつけられている。
「…っ」
テッツェは身動きできないジーフォ公を確認し、息を整えつつ相手を見つめた。顔の上半分を覆った金の装飾を施された仮面の下、ふんわりと結ばれていた朱色の唇が両端を吊り上げる。低い嗤いを漏らす細い喉、白い肌は少女と見まごう姿だが、一分の隙ない構えはテッツェにある人物を思い出させた。
「あなたは…」
「おやおや」
テッツェの問いを遮るように、少年の左右に居た男が首を振りつつ、おどけた仕草で拘束されているジーフォ公を覗き込む。
「これが音に聞こえたジーフォ公?」
「冗談だろう、俺はこの間産まれた赤ん坊かと思ったぜ」
もう片方から、同じようにふざけた口調で男が揶揄する。2人とも装いは中央の少年と同じ緋の衣、ゆらゆらと体を動かす物腰に隙はない。
「それはあんまりだ」
最初の一人が溜め息をつく。
「赤ん坊はないだろう、ぼくはてっきり、どこかの娘が男装してるのかと思ったけどね」
「く、うっ」
悔しげに唸ったジーフォ公が体を捻って逃れようとしたが、少年はどうやって彼を押えつけているのか、少し腕の向きを変えただけでジーフォ公の顔から血の気が引いた。
「くぉっ」
「暴れない暴れない」
小さな子どもを宥めるような口調で少年が含み笑いをしつつ続ける。
「武人がオレ達相手とはいえ、剣の一つも抜けないまま捕まってるなら」
は、そりゃ、お守役がいるわけだ、と少年は嘲りを響かせる。
「ひ、きょうもの…っ!」
ジーフォ公が苦痛に青ざめつつ叫んだ。
「3人同時に仕掛ければ、どんな武人とて!」
「暴れるな、と言ったんだが」
くすくす笑った少年は剣をジーフォ公の喉に滑らせる。切れ味はよかった。細く赤い血の筋が流れ落ちて鎖帷子の内側に這い下りていく。
テッツェは動かず無言のまま剣を構えて出方を見ていた。もしこれが思っている通りの相手ならば。素早く思考を巡らせる。
この挑発は何の意味がある?
今ここで自分達を敵に回すどんな利益があるのだろう?
「お前は戦の最中でもそういうのか、3人掛かりは卑怯だぞ、って?」
「何者だっ、名を名乗れっ!」
きりきりした声でジーフォ公が怒鳴る、顔色は青から赤へと変色していく。
「名前なあ、どうするよ?」
「どうしましょうねえ」
のんびりと問う少年に、これまたまったりと側の男が顔を傾げる。隙ができそうでできない、嫌なやり方だ。
「アリオ・ラシェット、ってのはどうだ?」
「、このっ!!」
応じた答えはジーフォ公の堪忍袋の緒を切ってしまった。ぎらりと瞳を光らせて、だんっ、と脚を踏み鳴らす。と、その革靴の底近くに、一瞬水が滲んだような澄んだ煌めきが現れた。側の男が身を引くより早く、脚を捻り、相手に向かって鋭く蹴り出す。
「ギャテイ!」「はっ!」
が、一瞬、少年の警告の方が早かった。叫びとともにギャティと呼ばれた方が背後にとんぼを切る。できた隙をジーフォ公が狙った。剣を抜き放ち、自分を拘束していた少年に斬りつける。とっさに飛び退いた相手が勢いのまま地を蹴り、これもまた見事なとんぼを二度三度、あっという間にジーフォ公の剣が届く範囲から逃げおおせる。それでも切っ先が掠めた金の髪が一房、仮面についていた鳥の胸毛を模した飾りが切り落とされて地に落ちる。
「ふ」
息を切らすこともなく身構えた少年の唇が不敵な笑みを零した。殺気に満ちた睨み合い、きっかけはほんのちょっとしたことでいい、風の一陣、木の葉一枚、髪の毛一筋、何かが動けば、次には2人の剣が火花を散らして絡み合う。
「そのあたりでいいんじゃありませんか?」
「テッツェ?」
落ち着き払ったテッツェの声に、ジーフォ公が訝しげに振り向く。
「何だと?」
「…くっ、ふっ……はっ」
少年の方が先に緊張を解いた。今の今まで殺意をぎらつかせていたのが嘘のように剣を片付け、乱れた服の埃を払いながら首を振る。
「なるほどなるほど、兄貴が言うだけあるな、たいした人だよ、あんた」
とこれはどうやらテッツェに向けられたことばらしい。
「…どういうことだ」
ジーフォ公は不愉快そうに少年とテッツェを等分に見比べる。
「こういうことさ」
少年はゆっくりと仮面を外した。大きな瞳、ちいさな鼻、仮面を外してなお一層少女じみて見える顔立ちがにっと笑う。
「あああ!」
ジーフォ公が声を上げ指差す。
「お前は『金羽根』の!」
「覚えて頂いていたとは光栄です、ジーフォ公」
続いてののしろうとするジーフォ公に、頷いた少年はしずしずと礼を取る。
「『金羽根』の長、『緋のリヒャルティ』がお迎えにあがりました。是非、我らが長にして我が兄、セシ公の元へおいで頂きますように」




