9.
振り上げられたサラの前足は、もうすでに黒い炎となり、その先には爪だけが鋭く光っていた。
「目を覚ますんだ!サラ!!」
タカオは出来る限りの声で叫んでいた。けれど、呼びかけたところでサラが止まるはずがない。そんなことはサラの真っ黒の瞳を見れば明らかだ。
他に何が出来るのか、思いつきもしなかった。できることは、微かな希望にしがみつくことくらいだ。名前を呼べば、あの黄金の瞳のサラに戻るかもしれない。
その希望は、次の瞬間にはタカオの腕と共に黒い炎に焼かれた。サラは黒い炎を纏い、爪をつけただけの炎を振り下ろす。
「サラ!!」
どれだけ叫んでも、サラには届かなかった。左目は熱くてもう開けることも出来ない。恐怖と、焦り。困惑がタカオを襲っていた。どうしてこんなことになったのか、考えても分からない。
ーー1人で倉庫なんかに来たせいだ。グリフの言った通りに、すぐにサラから離れていれば。
ーーグリフもジェフも殺されてしまうのだろうか。それに、サラだ。サラもまた、この黒い炎の中で苦しみながら死ぬのだろうか。
そう考えている間に、タカオの腕はサラの鋭い爪を受け止めていた。重たい衝撃と自分の血が腕をつたう感覚を、不気味なことに、やけに冷静に感じていた。
サラの爪はタカオの左腕に食い込んでいた。腕の肉は弾けるような感覚で裂けた。裂けた箇所から血が吹き出し、ぼたぼたとタカオの顔にかかる。
鋭い爪が骨に当たり、ギシギシと音を立てている。タカオは痛みを感じる余裕もなく、腕にかかる重みに顔をしかめた。
もう立っていることも出来ずに膝が床につくと、あまりの重たさに目を開ける。そして疑問を感じていた。
ーー腕をもう一振りされれば、命はない。何故とどめを刺さないのだろう。
サラを見上げればその理由はすぐに分かった、爪はもうその形を残してはいなかったのだ。爪も、牙も、サラには何もない。あるのは黒い炎に二つの目があるだけの、歪なものがタカオにのしかかっていた。
その二つの目は炎の中でくぼみ、それはもう目ですらない。




