8.
黒い炎を吐き出しながら、サラがゆっくりと近づいてくる。タカオはかばうようにジェフの前に立つ。足が震えて立っているのもやっとだ。
グリフは動けない体を無理に動かし、サラの背中へ剣を突き刺す。けれど、それはもう遅すぎた。サラの体はすでにほとんどが黒い炎になってしまい、刺したはずの剣はするりと落ちてしまった。
グリフは歯を食いしばってサラを追い越すと、タカオ達の前に立つ。サラを待ち受ける為に。
壁に叩きつけられたせいで、グリフの背中からは大量の血が流れていた。それが痛々しくタカオの目に映った。そして何処かで恥じていた。自分よりもはるかに若い少年になんとかしてもらおうと思ったことに。
先ほどの雫のせいなのか、こんな時にタカオの左目は熱くなっていた。
サラは口から黒い炎を出しながら唸っている。その黒い炎はサラの体なのか、息なのか、分からないほどサラは炎そのものになっていた。サラの息が、もうそこまで来ていた。
――もう自分が誰だか分からなくなったみたい……。
その時、タカオはジェフの言葉を思い出していた。
サラはグリフの目の前で、ゆらりと揺れた。前足が高く上がり、グリフの頭上で鋭い爪が不気味に光る。その爪の間に、タカオのシャツの欠片が挟まっていた。血に染まり、今では炎に飲み込まれていた。
このまま何もしなければ、サラの鋭い爪がグリフを襲うだろう。グリフの足元には背中から伝った血が流れ落ちてくる。
左目が熱い。 サラの黒い炎のせいかもしれない。タカオがそう思うのも、サラが近づく度に、タカオの左目は茹で上がるのではないかと思うほど熱くなるからだ。
もう目を開けていることも出来ずに、一気に両目を瞑る。その一瞬の暗闇の中に、タカオの目の奥には何故かグリフがいた。ゴブリンの家で、炎に囲まれたグリフだ。
そのグリフは何かを口走る。
その記憶が正しいかはタカオ自身でも謎だった。それは曖昧で、いつかの別の記憶と混ざっただけのものかもしれない。
もう思い出せはしないけれど、タカオはその時のことを思い出そうとしていた。
ーーあの時グリフは、なんて言った?
思い出せはしない。けれどあの瞳を忘れることはできない。美しく、悲しい、黄金の瞳。混乱の中でタカオは目を開けて、とっさにグリフの腕を掴む。そして力一杯に自分の体の後ろへ投げた。
グリフは怪我で立っているのもやっとだったのだろう。簡単に後ろへ投げ飛ばされた。
ジェフは相変わらずタカオにしがみついて震えている。
黒い炎となったサラは真っ黒の目玉で、なんの感情もなくタカオ達を見下ろしていた。




