第6.5話:国家予算級の落とし物と、クレイラ王国の縮図
翌朝、俺は宿のベッドで目覚め、サイドテーブルの上に置いた「それ」をじっと見つめていた。
朝の澄んだ光を浴びて、純白に輝く『白金貨』。
やはり夢ではなかった。表面に刻まれた『天秤と盾』の、どこか威厳に満ちた特徴的な紋章が、ギラリと冷たい光を放っている。
「……さて、まずは頭を冷やそう」
俺はベッドの上に収支ノートを広げ、いつも通りペンを走らせた。数字を書き出す作業は、高ぶった神経を落ち着かせるのにちょうどいい。
【第三日目の収支報告】
■ 売上
ねぎま&つくね完売(合計約250本):鉄貨750枚(大銅貨7枚と銅貨5枚分=約7,500円相当)
売上合計:大銅貨7枚、銅貨5枚
■ 経費(仕入れ)
ホーンチキンのモモ肉&挽き肉、ネギ、ハーブ、卵:銅貨30枚(約3,000円相当)
経費合計:約3,000円相当
■ 差引利益(純利益)
大銅貨4枚、銅貨5枚(約4,500円相当)の黒字!
■ 謎の取得物
特徴的な紋章入りの『白金貨』:1枚(価値測定不能。国家予算級の価値?)
「普通の売上だけでも、サラリーマン時代の日給を遥かに超えるペースで稼げている。なのに、この白金貨のせいで、桁が狂うどころの騒ぎじゃないな……」
俺はペンを置き、異世界に転移してからこれまでに街の客から聞きかじった知識や、スキルの翻訳機能がもたらした情報を脳内で整理し始めた。
いま俺が店を構えているのは、『クレイラ王国』という国家だ。
大陸のほぼ中央に位置し、肥沃な土地と豊富な資源に恵まれた、この世界でも屈指の大国である。
そして、俺が今いるこの街は、クレイラ王国の王都に次ぐ第二の都市にして、世界中の商人や冒険者が集う「商業と迷宮の街・バザルタ」。
この都市がここまで栄えている最大の理由は二つある。
一つは、街のすぐ近くに巨大な「未踏の迷宮」が存在し、日々膨大な魔石や貴重な素材が持ち込まれること。
そしてもう一つが――。
「このバザルタに、世界中の富を動かす『商業ギルド本部』があることだ」
通常、国家レベルのギルド本部となれば王都に置かれるのが普通だが、このクレイラは迷宮資源の集積地であるため、王都を凌ぐ「経済の心臓」となっている。
そのため、世界中の大商人や、王族・貴族お抱えの特権商人たちがこの街を行き交っているのだ。
「そんな場所だからこそ、あんな身なりの良い、明らかに訳ありの美少女が路地裏に迷い込んできてもおかしくないわけか……」
そして、手元にある白金貨。
金貨1枚が日本円にして「約10万円相当」のこの世界。そのさらに上をいくのが白金貨だ。
一般的な白金貨ですら、1枚で「約100万円相当」という一般庶民には一生縁のない大金だが、この『天秤と盾』の紋章が刻まれた特製白金貨は、おそらくそれ以上の価値――国家間の取引や、巨大な商会同士の決済で使われる「特殊な手形」のような役割を持っている可能性が高い。
「こんなもの、そのへんのチンピラに盗まれたり、俺みたいなポッと出の露店商が市場で使おうとしたりすれば、即座に憲兵に囲まれて絞首台行きだ」
幸い、俺は日本でそれなりのビジネスマナーと社会常識を叩き込まれた元サラリーマンだ。
一攫千金に目が眩んで身を滅ぼすようなヘマはしない。
「場所は世界最大の『商業ギルド本部』。そこにこの紋章を持ち込めば、どの組織のものか、あるいは誰の落とし物なのか、安全に特定できるはずだ。……運が良ければ、あの女の子に直接返せるかもしれないしな」
もちろん、巨万の富を持つ相手に恩を売る……などという大それた野心はない。
ただ、自分がこの街で平穏に焼き鳥を焼き続けるために、そして何より、あの美味そうにつくねを食べて「ごちそうさまでした」と笑ってくれた少女の困り顔を放っておけないからだ。
「よし、今日は仕込みを早めに終わらせて、商業ギルドの本部へ行ってみるか」
俺は白金貨を再び懐の最も深いポケットにしまい込み、宿の部屋の鍵を閉めて階段を駆け下りた。




